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1 そもそもなぜ「芸工大で英語」なのか、そのために何をなすべきか?

1−1 「スタディスキルズ」での小講義(背景説明)

本学では、初年次教育充実の一環として、2009年度に1年生を対象とした「スタディスキルズ」を授業枠内で開講した(*2)。筆者もその一環として、2009年6月27日に「自己診断テスト講評+α -魚の釣り方、または、なぜ芸工大で英語(外国語)を学ぶのか-」と題した小講義(30分強)を行った。また7月15日に開催されたFD (Faculty Development)研究会でも同日の講義について報告し、同僚教職員各位と意見交換する機会を持った。

学生向けの講義ではあるが、内容は本学で筆者が英語教育活動すべてに臨むにあたって抱いている問題意識とも重なり、また同日実施した「学生アンケート」(3章参照)にも当該講義の内容が当然に影響しているので、議論の前提たる問題提起として、以下要約を述べたい。

1−2 「なぜ芸工大で英語(外国語)を学ぶのか」

1−2−1 芸工大で英語を学ぶ意味

「誰かを幸せにするデザイン」を標榜する(*3)本学は、「「総合力を持ったデザイナーやアーティスト」を世に送り出すこと」(*4)を、また本学の設立母体である谷岡学園は「世に役立つ人物の養成」(*5)をそれぞれ建学の理念としている。英語に限らず、本学で語学を学ぶこともまた、「世に役立つ、誰かを幸せにするデザイナー/アーティスト」としての総合力を鍛える課程の一部である。

語学を学ぶことは、デザイナー/アーティストとしての「引き出し」を増やすことである。自分と違う考え方をする人に出会い、交流することが、自らの作品世界を広げてくれる。見慣れた世界と違う場所、自分の常識が通用しない世界が存在することを知り、体験する、そのための道具として、語学は身につける価値がある。

より身近なメリットとして、海外事情や流行をライバルより一足先に知ることができれば、それは各々の「飯のタネ」にもなり得るであろう。

また、残念なことではあるが、卒展「カオス」において、毎年誰かが必ず、卒業製作の目立つ場所に英語を使って失敗している。辞書を引く手間を惜しんだスペルミスや、意図が伝わらない英語タイトルなど、作品の出来栄えとまったく関係ない部分で全体の評価を落としてしまうのは、あまりにばかばかしいだけでなく、諸君の将来を左右する悲劇にもなりかねない。そんな悲喜劇を遠ざけるためにも、英語はやっておくべきだ。

1−2−2 アーティストが「言葉」を大事にする必要

さらに遡って、英語(語学)以前の問題として、諸君には言葉をもっと大事にしてもらいたい。

「芸術に言葉はいらない」と言われ、また実際に言葉を必要とせずに見る者すべてを惹きつけてやまない作品は確かに存在するが、アートで「飯を食う」ために、言葉は必須のものである。

特に本学は、芸術系の大学の中でもデザイン系、言い換えれば商業作品としてのものづくりに関わるクリエイターを志す者が集う場であり、その創作活動の多くは顧客からの依頼を受けてのものになるから、社会で何が起こっているか、何が求められているかを知り、顧客が何を求めているかを正しく理解してデザイン/製作に当たることが求められる。

逆に、自らの主導でデザインや作品を世に問う場合にも、自らの問題意識を顧客・スポンサーに理解してもらうべく、積極的に売り込まなければならない。作品の創作力とは別に、「言葉による表現力」にも磨きをかける必要が生じる所以である。

言葉は道具である。あるいは、「道具でしかない」。作品創作にあたっても同様であろうが、言葉として発信する前に、まず発信源たる諸君自身の「中身」を充実させることが肝要である。日頃から問題意識を持って、ニュースを見る、とりあえず日本語で構わないので新聞を、本を読み、英語(外国語)以前に、日本語にも磨きをかけてもらいたい。日本語でわからない話は英語で読んでも(聞いても)わからないし、日本語で言えないことを英語で言えるはずもないのだ。

1−2−3 「何をなすべきか」と、大学での(英語の)授業の意味

世にさまざまな語学教材や学習法あれど、結局のところ、語学の上達は、勉強した長さの時間に比例する。易しくてもいい、ほんの僅かでもいいから、出来る限り毎日、英語に触れる時間を持つことが有効である。

「自己診断テスト」の結果からも明らかになったとおり、ほとんどの諸君は、まず中学・高校英語を徹底的に復習して自分のものにすることが必要である。たとえ英字新聞であっても、文法的には中学英語で何の話かは十分わかる。ただし、多くの諸君は語彙力が不足しているので、ボキャブラリーを増やす努力は必要だ。

英語の授業には積極的に準備をして臨んでほしいが、授業だけでは全く不足である。

そもそも大学の授業は、語学に限らず「魚の釣り方」=勉強の仕方を教えるものであり、実際に魚を釣るのは、あくまで諸君である(*6)。

たとえば「英語演習(時事英語)」の授業では、英字新聞の記事について、独力で辞書を引きながら内容を読み取るための訓練を集中的に行っている。卒業後に仕事で英文記事を、あるいは趣味でもWebサイトの英文などを読む必要に迫られたとき、全訳する必要まではなくとも独力で「何の話か大体分かる」ところまでできるようにする、そのための基礎と方法論を在学中に身につけてほしいと願ってそうしているのである。

1−2−4 勉強法についてのいくつかの提案

授業内容に限らず、英語に関係したことならどんなことでも、積極的に教員を活用してもらいたい。ただし「手ぶらで来る」のではなく、自分でできる限りのことはやってみた上で相談してほしい。

授業の他には、図書館にも多数所蔵の「やり直しの英語」本の類を復習するのも有効である。レベル別に使う単語数を限定した洋書も多数図書館にある(*7)ので、「楽勝」のものから初めてレベルを上げていくのもいい。

「こつこつ続ける」のが苦にならない人は、英語に限らずNHKテレビ/ラジオの語学講座を見て/聞いてみるのもいいし、各種英語講座はもちろん、マルチメディア展開で物語仕立ての「リトル・チャロ」(*8)などを見てみるのもよい。

映画専攻を擁する本学図書館には洋画や海外ドラマのDVDも多数ある。「何度見ても飽きない」お気に入りを見つけて、まず日本語吹き替えや字幕入りで話を頭に入れてから英語で見れば、何の話か聞き取れるようになる。(*9)

ニュースの英語も同様で、英字新聞や英語ニュースに当たるのではなく、まず日本語の新聞を読み二ヶ国語放送を録画して、日本語で概要を確認してから英語に当たる。日本語も英語も、新聞記事は冒頭に要点が来る「逆三角形の構造」なので、わからなかったらリード部分だけは辞書を引き、後は適当に読み飛ばしても可。

携帯に便利な電子辞書は常に持ち歩き、英語だけでなく日本語も、引っかかった言葉を折々に引いてみるとよい。

授業準備などでじっくり読むときには、紙の辞書を推奨する。目的の語を引いたときに、例文やその語が持つ他の意味、語幹が共通する単語が一緒に目に入る、そのわずかな違いの積み重ねが力になる(*10)。一度日本語で書き出すと原文を読まなくなるので、授業の予習で全訳を書き出すことは勧めない。わからなかった単語の意味などをメモしておき、必要に応じてその場で訳を組み立てる方が力がつく。

(以下「自己診断テスト」の結果についての解説は本稿後段の議論と重複するので省略)


 

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最新年度の時間割およびシラバスを含むWeb版『LEARNING GUIDE』(履修要覧)は、本学Webサイトの在学生向けページ「時間割・ラーニングガイド」から閲覧可。http://www.kobe-du.ac.jp/student_guardian/class/04.html
同上『大学案内』p.95.
『神戸芸術工科大学 大学案内2010』p.107. 最新年度の電子版大学案内は、本学Webサイトの受験生向けページから閲覧可。http://www.kobe-du.ac.jp/future/
http://www.tanigaku.ac.jp/profile/idea.html
筆者はもともと国際関係専攻の出身だが、「魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えよ」は、開発途上国が「持続可能な開発」を自力で行えるようになることを理想とする援助の現場でよく使われる表現でもある。
多読用の教材としては、Oxford Bookworms(オックスフォード大学出版局)を多数購入済。http://www.oup-readers.jp/students/index_jp.html
http://www.nhk.or.jp/charo/
ただし、「er 緊急救命室 (ER)」に代表される最近の海外ドラマは、リアルな半面、話の進行も登場人物の台詞回しも非常に速く、また一話の中で複数のプロットを同時進行することも多く難易度が高い。学生には「少し古めのドラマで『お気に入り』が見つかれば、その方が聞きとりやすい」と説明している。
参照:「英語辞書はやっぱり「紙」」『AERA』2008.3.3号、p.75.