• check
  • notes


4.共創型芸術の可能性

本章では共創型芸術の可能性について考察する。第3章で見てきた共創型芸術の特性を考えると、その発展的可能性として芸術や地域社会が大きく変わっていくことが予想される。芸術そのものが変容していくと同時に、参加者も芸術家も変容していくのではないだろうか。また、人と人をつなぐ力をもつ共創型芸術は社会政策との連携によって地域に大きな影響を与えていくだろう。そして、その先には新たな地域文化が生まれる可能性も存在するのである。

4−1 新たな芸術創造

共創型芸術によって制作と鑑賞はつながり、芸術家と一般の人々が共同で作品制作を行う芸術表現が生まれた。これは近代化とともに日本に輸入された芸術概念から考えると驚くべき変化である。哲学者の鶴見俊輔(1922〜)は『限界芸術論』の中で芸術の体系を表示し、芸術を3つのジャンルに分けて説明している。純粋芸術、大衆芸術そして限界芸術である。

「純粋芸術は、専門的芸術家によってつくられ、それぞれの専門種目の作品の系列にたいして親しみをもつ専門的享受者をもつ。大衆芸術は、これもまた専門的芸術家によってつくられはするが、制作過程はむしろ企業家と専門的芸術家の合作の形をとり、その享受者としては大衆をもつ。限界芸術は、非専門的芸術家によってつくられ、非専門的享受者によって享受される。」(*6)

限界芸術の項目で取り上げられている芸術は「祭」「らくがき」「盆栽」「生花」などである。(*7)共創型芸術は、鶴見の分類した限界芸術と純粋芸術をつなぐ芸術であると考えることが出来る。鶴見は『限界芸術論』において、芸術の観点から「近代化」を捉えようとし、西欧化の影響によって見失われがちな文化や表現の存在を示した。近代化が完了し成熟したと言われる現在の日本においても、近代的芸術観はいまだに根強いものがある。共創型芸術の発展はこのような状況を大きく変え、芸術家と一般の人々の表現力が交差して生まれる新しい芸術創造が実現していく可能性を孕んでいるのである。

4−2 新たな地域づくり

共創型芸術のもつ、人と人をつなぐ力は地域社会にとって大きな可能性である。近代化まで地域をつないでいた村落共同体のシステムは産業構造の転換に伴い失われて久しい。都市においては過密な住環境でありながら、地域のネットワークは極めて乏しい状況である。地域づくりは20世紀後半以降、社会政策上の重要なテーマであり続けている。共創型芸術はこうした状況に新しい活路を提示することが出来るだろう。従来は農業や地域産業を基盤にした共同作業、防犯や防災といった自治活動、伝統的祭礼の運営といった宗教活動などがその中心であった。それに対して共創型芸術は表現や創造の楽しみ、好奇心に基づく協働をその原理としている。宗教や地縁血縁に縛られない開かれた芸術活動は、近年の市民活動と同様に、入るのも出るのも自由な開かれた場となっている。こうした状況が地域にひろく展開することで現代社会のストレスを緩和し、新たなネットワークを形成し、既存のそれとは異なる次元のセーフティネットが形成されていくだろう。

コミュニティアートを専門とする田甫律子(1950〜)は1997年、南芦屋浜震災復興公営住宅において「注文の多い楽農店」という作品を制作している。(*8)この作品は阪神淡路大震災(1995年)で被災した人々のための集合住宅を建設するにあたって実施されたアートプロジェクト「コミュニティ&アート計画」(*9)の一環として制作されたものである。集合住宅の公共緑地に「だんだん畑」を造成し、入居者に畑作りをしてもらい、その過程を通して新しいコミュニティが形成されていくことを図った作品である。美術館学芸員の河崎晃一はこの作品の可能性を下記のように指摘している。

「私たちにとって、未知な存在である公営住宅の住人をまきこんでのアートワークは、設置することを最終点とする従来のパブリックアートとは異なり、『在民参加芸術』ともいうべきもので、アーティストも作品の完成度にはかなりのリスクを負うことになるだろう。しかし、それは目に見えるかたちではなく、人々の鋭気を生みだすきっかけとなりうる可能性を秘めている。」(*10)

「注文の多い楽農店」は公共空間に設置された芸術作品であると同時に、10年以上継続されている地域活動である。この作品は共創型芸術がもつ新たな地域形成を促す特性を明解に示す事例である。このように共創型芸術は、従来出会わなかった人々の出会いを創出し、新しいネットワークの形成を促進していく。そのことが、既存のネットワークを補い、より柔軟で強靭な地域社会の形成に貢献するものであると考える。

4−3 新たな文化創造

地域において芸術家と一般の人々がいっしょに制作する芸術活動は、地域に新たな文化を育むきっかけとなる可能性がある。共創型芸術は、芸術家が地域の人々と共に、地域を舞台に芸術表現する活動である。作品制作で使われる造形素材は地元のものであることが多い。また、地域固有の歴史や産業、景観や自然を組み込むことも一般的である。その時その場でしかできない表現を追求することが作品のオリジナリティーやリアリティを高めるためである。共創型芸術はこうした特性から、地域の人々に文化創造のきっかけやヒントを提示するだろう。伝統的な祭礼の多くは、地域の伝統にもとづく、地域の人々による、地域の材料を用いた、地域の表現である。共創型芸術との違いは、芸術家の有無と参加者の幅広さである。転勤や進学など現在の地域社会は農村部であっても人の出入りが激しい。そこには伝統行事とは別に、外にも開かれた「新しい祭り」を必要とする状況が存在する。共創型芸術への参加を経て、地域の人々が自分たちに必要な「新しい祭り」を作り始める可能性がある。(*11*12)

私は2007年6月に神戸芸術工科大学大学院修士研究の一環として姫路市立安富北小学校においてアートワークショップ「ホタルと仲良し光るキノコづくり」を実践した。(*13)環境教育、図画工作教育、地域づくりをテーマに同小学校の橋本忠和教諭と連携し、展開した活動であった。高さ1メートル程度のキノコの造形物を50本以上制作し、ホタルが生息する近くの小川に設置する一日間のプログラムで、昼間にキノコを制作して設置、日没後に蓄光塗料でぼんやりと光るキノコの周辺をホタルが飛び交う様子を鑑賞した。

このアートワークショップで得られた成果として特筆されるのは、6月の実践が終わった後、参加した小学生や自治会関係者からキノコの造形物を、山に移設して新たな地域イベントとする提案があったことである。これは地域の老人会の協力も得て10月に実現することとなった。しかし、この事業にもともとの企画者である私はほとんど関わっていない。これは6月のアートワークショップが、小学生や地域の関係者を強く刺激し、主体的な表現活動を誘発した結果であり、共創型芸術が新しい地域文化を創造していく可能性を示す事例であると考えている。

    

 HOME

 page top


鶴見俊輔『限界芸術論』筑摩書房、1999年、16−15頁
鶴見俊輔『限界芸術論』筑摩書房、1999年、88頁
田甫律子『アトランタの空、4万個の手袋飛んだ―田甫律子のコミュニティアート―』淡交社、1997年、68−75頁
都市環境デザイン会議関西ブロック編「都市環境デザインセミナー98年第1回記録 育てる環境とコミュニティ コミュニティ&アート計画in南芦屋浜復興公営住宅」 http://www.gakugei-pub.jp/judi/semina/s9801/index.htm#Mmin3025
河崎晃一「コミュニティアートとの出会い」『アトランタの空、4万個の手袋飛んだ―田甫律子のコミュニティアート―』田甫律子著、淡交社、1997年、77頁
谷口文保「環境芸術ワークショップの報告2000−2002」『神戸芸術工科大学紀要 芸術工学2002』、神戸芸術工科大学、2003年
谷口文保「環境芸術ワークショップの報告2 キノコの森をつくろう」『神戸芸術工科大学紀要 芸術工学2004』、神戸芸術工科大学、2005年
谷口文保「地域社会と関わるアートワークショップの実践研究―地域共創アートの誕生―」神戸芸術工科大学、2008年