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3.現在の瀬戸内沿海景観と江戸中期〜明治初期との瀬戸内沿海景観の比較・考察

3−1 現在の瀬戸内沿海景観とシーボルトらがみた江戸中期〜明治初期の瀬戸内沿海景観との比較・考察

次に、シーボルトらが江戸中期〜明治初期にかけて把握した瀬戸内沿海景観と、私たちが現地調査で把握した現在の瀬戸内海景観を比較する。


1)沿海景観

シーボルトらは、航海中に景観の目標(目印)となる突出した岬や山・島の形を把握したり、瀬戸内海景観を広範囲にわたって俯瞰し、沿海景観を把握していた。それに対し、私たちが把握した沿海景観は、かつて航海中の目標となっていた岬や山だけでなく、巨大な橋や建物、沿岸部の埋め立てや植生の変化による、扁平でどこに行っても見ることができるような多様性のない海岸線の風景であった。


2)土地利用と住居集合

シーボルトらは、遠くに見えていた岬や山・集落を目指して接近し、海上から、森や樹木といった緑地帯の様子、塩田や畑(段々畑)といった人々の生業域、集落や町のシンボルとなる社寺、シーボルトらが入っていく港や住居群といった、その集落・まち全体の土地利用と住居集合を把握している。それに対し、私たちが目指した目標は、沿岸部に見える道路や埋立地、工場や橋、中層のマンションやホテル等の建築物であり、住民の住まいは、その後ろに隠れている事例が多く見られた。山や岬には、段々畑や松が減少し、景観が単調化していた。以上から分かることは、かつて海上から把握が可能であった住民の住まいや海岸線が、海岸整備・開発により、現在は把握できなくなってしまったこと、巨大になった建造物が、「土地利用と住居集合」だけではなく、先に述べた「沿海景観」から把握でき、遠景と中景の区別が曖昧になっていることが挙げられる。

一方で、本研究で比較の対象に上がらなかった島嶼部の多くの集落では、港の前にコンクリートの大きな防波堤が築かれて、海域からは住居が見えにくくなっているものの、その背後には、海域に正面を向ける多くの住居があり、中には山頂まで見事に耕されている畑も見られた。


3)営みと生活文化

シーボルトらは、海域から町の中へ入る際に、そのまちなみやメインストリートの賑わい、港や畑・塩田における住民の行動などの生活の様子や、信仰や習慣を見聞している。それに対し、私たちが見た「営みと生活文化」は、海域から町の中へ向かう時に、人々の日常生活が沿岸から遠ざかっているため把握しにくく、まちの中でも屋外に表出する日常生活の風景はあまり見られない。まちなみの様子は、室津や鞆などの歴史的な建造物が多く残る古い町は評価されて観光化し、住民はその古い町を生活の場として活用し続け、観光客を呼び込むための施設が多く並んでいる。一方で、阿伏兎岬や向日比などの、アクセスが困難であったり、地形的に居住域の拡大が困難な場所の多くは、昔の町の構造が比較的残っている。

しかし、いずれの地域においても、まちが正面を向いている海域からのアクセスよりも、陸域からのアクセスがメインルートであるように、陸域や車社会に依存した生活が行われている。橋の架かっていない島嶼部では、海域からのアクセスがメインルートであるが、少子高齢化した島への人の出入りは少ない。


4)瀬戸内海景観の把握構造

以上から、瀬戸内海景観の把握構造の変遷として、シーボルトらが景観を「沿海景観」→「土地利用と住居集合」→「営みと生活文化」と段階的に把握していった江戸中期〜明治初期に対し、現在では、沿岸部の大規模な建造物によって、このような段階的な景観把握をできない場所が多く発生していることが分かった。また、このような大規模な建造物によって、かつて海域から把握することのできた居住域の景観や、居住域から把握することができた海域の景観が遮られ、「瀬戸内沿海景観」とそれを「把握する環境」が貧しくなっていることが分かる。

その物質的な理由として、海域側から瀬戸内海景観を捉える際に、埋め立てや開発によって発生した人工的で変化に乏しい海岸線には目標物を見つけにくくなったことや、これまで「土地利用と住居集合」で把握されていた景観要素が巨大化して、それが「沿海景観」からも把握できるようになったこと、町や集落の中に入っても住人の気配を感じにくく、かつては浜の利用などの人々の営みが海域側からも窺えていたが、防波堤などの海岸整備によって視覚的に隔離された結果、個々の生活が海域側に表出されていないこと、などが挙げられる。

このような、人々の生活と海域を隔離することになった要因の一つとして、陸域の交通手段である車中心の社会とその思想による開発・整備が挙げられる。そして埋立地や沿岸の道路、陸域と島を繋ぐ橋などが、陸域側からの視点で構築された結果、元来、海域と一体となっていた沿海地域の人々の生活や文化を貧しくしてしまったのだと仮説できる。

 


 

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