図3 シーボルトの航路図とシーボルトがみた風景  (作成:木下怜子)

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図3 シーボルトの航路図とシーボルトがみた風景
(作成:木下怜子)


図版1〜6 シーボルトのスケッチ3)

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図版1〜6 シーボルトのスケッチ3)


図版7〜12 シーボルトのスケッチ3)

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図版7〜12 シーボルトのスケッチ3)


図5   (作成:木下怜子)

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図5 
(作成:木下怜子)

4.文献調査

4−1 シーボルト著『日本』『江戸参府紀行』『シーボルト日記』の概要

シーボルトは、参府旅行の際、日本の文化・地理・植物研究を行うために、出発に先立ち、ケンペルやツュンベリーが先行して行った日本研究を学び、その知識を得た上で研究を行っている。シーボルトは、1826年に長崎から江戸への参府旅行にのぞみ、後1862年にも二度目の参府旅行を行い、これら2度の機会に瀬戸内海を渡航した。

航路は図3に示すように、最初の航行では、往路は1826年3月1日に北九州市小倉を出発し、下関・上関・屋代島牛ノ首崎(牛ヶ首崎)・三原・阿伏兎岬・日比・豊島・小豆島を経て、7日後の3月7日に室(室津)に到着した。残る行程の室津から大阪までは、陸路、山陽道を行き、3月13日に大阪に到着した。復路は同年6月14日に大阪を出発し、船で尼崎まで行き、そこからシーボルト一行は兵庫まで陸路をとり、荷物は船で運んだ。16〜18日の、向かい風により船足が遅くなっている荷物を待つ間は兵庫で過ごし、6月19日に兵庫を出発し、明石海峡・室(室津)・日比・鞆・御手洗・家室島(沖家室島)・上関・下関を経て、11日後の6月30日に小倉に到着した。2度目の航行では、往路は1862年4月18日に水島灘を航行、復路は、1月17日に紀淡海峡から瀬戸内海に入り、淡路・明石・大畠(児島半島にある村)・鞆の浦・姫島を経て、1月21日に関門海峡を抜けた。この2度目の航行は、『シーボルト日記』*8にメモとして記述されているため、詳細は不明である。

シーボルトは、航行の様子を、スケッチ二十数枚と文章で記録してまとめた。シーボルトが連れていた画家・登与助や画家・ゲッサイに依頼して描かせたその時のスケッチは、下関(図版1)・上関(図版2)・日比(図版3)の町の風景や、上関海峡(図版4)・鞆の浦(図版5)・兵庫(図版6)の港の風景、阿伏兎岬(図版7)・室津(図版8)の宗教施設の風景、関門海峡(図版9)や室津(図版10)・周防灘(図版11)・屋代島牛ノ首崎(図版12)からのパノラマ風景等、実に多彩な風景が詳細に描かれている。文章記録は、地名や位置(緯度・経度)、風景を構成する岩石や植生等の要素が科学(地質学・植物学)的に詳しく書かれ、上陸した場所―例えば、下関における町の様子やその付近の植生や風景、周防大島牛ヶ首崎における地質・植生・パノラマ、日比における地質・植生・製塩所での製塩方法、与島における地質・植生・造船所の仕事風景、鞆・室津の町の様子等、人の営みも含めて詳しく記載されている。海上航行中の風景については、クロノメーターによる緯度・経度の測定や、船上から前後左右に見える島々の島名・地名を頻繁に確認して船の位置を把握し、またそれらの島々の植物群、海上を行き交う漁船や商船等についても記述している。その他、阿伏兎岬や琴平山の宗教的な風習の話も見聞し、記録している。

以上のような風景に加えて、周防灘から塩飽諸島までの「船が向きをかえるたびに魅せられるように美しい島々の眺めがあらわれ*6」るシークエンス体験や「海上の活発な船の往来*6」といった海上の賑やかさ、瀬戸内海の自然風景の体験を振り返って、「この航海を始めて以来、われわれはこれまで日本に滞在していた間で最も楽しみの多い日を過ごした*6」と瀬戸内沿海景観を評価している。その他に、日比の製塩所では、そこで働く労働者を見て、ヨーロッパの工業都市の労働者と比較し、日本の人間的な労働システムを評価したり、室津の賀茂神社参篭所からの瀬戸内海のパノラマ景の美しさも評価している。

4−2 シーボルト達がみた瀬戸内沿海景観の考察

4−2−1 瀬戸内沿海景観の把握

本項では、文献調査の資料があり且つ現地調査を行った地域として、1兵庫津、2室(室津)、3日比・向日比、4鞆、5阿伏兎岬、6牛ヶ首崎、7上関・上関海峡、8関門海峡の8箇所を選定し(図5)、1)沿海景観、2)土地利用と住居集合、3)営みと生活文化の3特性について考察する。それぞれ、1)沿海景観は、町や集落の立地を把握できる景域の「遠景」、2)土地利用と住居集合は、居住域の土地利用と住居集合の全体像が把握できる景域の「中景」、3)営みと生活文化は、生活とその構築物との関係が把握できる景域の「近景」と定義し、このような風景把握のヒエラルキーに従って瀬戸内沿海景観の特性を捉える。

4−2−2 シーボルト達がみた瀬戸内沿海景観の考察

シーボルト達がみた瀬戸内沿海景観の特性をまとめると、シーボルト達は瀬戸内海を進んでゆくときに、遠くから目標物を把握し、そこに向かって進んでいくという様子が読み取れる。町や集落が近づいてくると、それがどのような要素によって構成されているかを把握し、町や集落の中に入って、人々の生活を把握するという、風景の遠景から近景までを連続して把握し、理解していることが分かる。また、理解した風景というものは、単体の理解ではなく、他地域と比較しながら、瀬戸内海全域の風景を連続して捉えてもいる。(表1)

表1 シーボルト達がみた瀬戸内海風景の特性

特性/調査地 1)沿海景観 2)土地利用と住居集合 3)営みと生活文化
1 兵庫津 「町の背後には北から南にかけてかなり高い山が連なっている」*7(シーボルト) 「半月状をなしている町全体が港を囲んだ形」*9(ケンペル) 「質の高い商品が売られており、船員にとって立ち寄ることが必要で都合がいい町」*7(シーボルト)「平家によって造られた防波堤や港・人工地盤」「町の外からみた粗末な家並と町中の立派な家屋」*9(ケンペル)
2 室津(たつの市) 「2つの岬の奥に集落を見る。海から見られる場所であり、海を見る場所でもある」*6(シーボルト) 「港の入口右手に見張所、森、神社。左手は畑、松」*6(シーボルト)「頂上まできちんと階段状に耕した段々畑」*9(ケンペル) 「湾の奥に住居」*6)(シーボルト)「商店、宿屋、皮革、酒造を営む」「宿、小商人などの船乗りを相手にしている」*9(ケンペル)
3 日比・向日比 「遠くから家や煙が見える」*10(申維翰) 「海岸近くに広い塩田」*6(シーボルト) 「2つの村があり、裕福。ナンテンやソテツを栽培、背の低い竹垣」「タコを捕る巧みな漁法」*6(シーボルト)
4 鞆 「山高く秀でて海に臨み、3面に諸山が相控えて湾をなす」*10(申維翰)「北は頑丈な突堤、西南には町と高い山」*7(シーボルト) 「半月形の海岸に沿った街の通りと見苦しからぬ家」「山の3分の1は畑、その他は藪」*7(シーボルト)「荒涼たる丘に点在する寺」*9(ケンペル) 「小売店の大部分が船員用の藁製品」「多地域と比較して上等な部類の家や倉庫」*7(シーボルト)「海から見ると美しいが、遊郭や漁家などは粗末」*9(ケンペル)
5 阿伏兎岬 「岬の岩盤上に観音堂を築く。少し離れた場所に村あり」*6(シーボルト) 「樹木の生えていない花崗岩の山に囲まれている」*6(シーボルト) 「船乗りや旅行者が供物し加護を願う」*6(シーボルト)「信者が海中に投げた供物を僧侶が拾って生活の糧にする」「僧侶は粗野な風貌かつ文盲」「僧侶が叩く鐘の音」*10(申維翰)
6 牛ヶ首崎(屋代島) 「牛ヶ首崎に登り、沖家室島、平群島、由利島、青島、九州や四国の連峰を俯瞰」*6(シーボルト) 「鉄を含んだ赤い陶土や粗い粒の花崗岩の峡谷や裂け目に数本ずつ高く伸びた松」*6(シーボルト)  
7 上関・上関海峡 「右手に島、左手に本土の陸地。近くまで行かないと通過可能かが分からないほど狭い海峡」*9(ケンペル) 「風波を防ぎ、訪れる船の多い港は住民に豊かな生計を与える」*7(シーボルト) 「丘の上に空豆や小豆が植えてある」「丘の頂の上に塚。そこにツツジの花の小枝や松葉でかざる」*7(シーボルト)
8 関門海峡 「高い山や険しい山無し。草木の多い円みを帯びた低い丘だけ」*11(リヒトホーフェン) 「小倉や豊前の沿岸は緑豊かな平野」*9(ケンペル)「壇ノ浦付近の城址と亀山八幡宮の社殿。海峡の東北に和布利神社の赤い屋根」*6(シーボルト)  
シーボルトらがみた瀬戸内沿海景観の特性まとめ 突出した風景としての岬、町や集落とその背後にある山、地質や植生、空気、風景の奥行きを把握している。 森や樹木の緑地帯、大規模な生業域としての塩田や畑、町のシンボルとなる社寺、アクセスのメインルートである港や住居群等の、上陸するための目標物を把握している。 メインストリートや生業域での人間の動き、生活・生業を把握している。
(作成:齊木崇人、宮代隆司、木下怜子:2008.7.)

 

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