2.兵庫県の地場産業調査

兵庫県内の多数の地場産業から、研究代表者及び研究分担者が、本学との現在及び過去の連携実績などを考慮し、前出6カ所の地場産業を選出し調査を行った。各調査では産地の事業形態が異なっているために、調査内容に多少の違いが見られるが、概ね産地の現状を知ることが出来たと思われる。すなわち、ネットワーク構築に必要な産地の情報やキーマンとなる人的なつながりが出来たことは大変有効であったと思われる。以下に調査を行った地場産業ごとに整理した。

2−1 淡路瓦産業

淡路瓦産業は、兵庫県を代表する地場産業の一つである。事業規模も大きく本学との連携実績は、プロダクトデザイン学科の卒業研究による試作品開発及び研究室単位でのデザイン指導などであった。しかし、このような連携は継続的ではなく一過的であったため、本研究ではネットワークの構築を視野に入れた継続的な連携のあり方を検討してみた。

産地の視察を行うために2007年7月、南あわじ市淡路瓦協同組合を訪問し、本学と産地との協力体制を確認した。続いて、瓦素材を用いて雑貨を制作している新崎製瓦所を見学した。淡路瓦産業では2名の本学卒業生がそれぞれ同産地において活動している。鬼板師川崎忠之氏、デザイナー古田恵介氏であり、両氏も本研究の趣旨に賛同し、積極的に研究に参画してもらった。

本研究の目的であるネットワーク構築には、産地との継続的な連携の体制が必要であると思われる。そこで実験的な研究課題として、前出卒業生の意見も参考に検討した結果、本学学生の実習課題とした。テーマは「瓦素材を用いた雑貨などのデザイン提案」である。したがって、実習課題であれば次年度にも組み込む事ができ、産地との継続的な連携につながると考えたからである。同年11月にプロダクトデザイン学科生活デザインコース3年次学生10名が、野水瓦産業株式会社の工場見学を行い、淡路瓦制作体験(講師川崎忠之氏)において各自鬼瓦を制作した。体験後、参加学生達は各自アイデアスケッチを開始した。先ず最初に提出されたアイデアスケッチを検討し、以下の条件を設定した。1-生活雑貨であること、2-ユニット構成になること、3-室内用及び屋外用のシーンで使用することであり、これらの条件のもと、再度各自5点から10点のアイデアスケッチを提出させた。2008年1月に学生から提出されたアイデアのプレゼンテーションを本学生活デザインスタジオにて行った。産地から卒業生2名を含む5名の参加があり、学生と産地事業者との活発な意見交換がなされた。(図2-1)後日、産地事業所側にて検討した結果、5人の学生アイデアに対して試作品を製作することになった。それらの試作品は2008年4月26日から5月11日まで、南あわじ市津井の窯元タツミギャラリー「長門屋」にて展示された。(図2-2)(図2-3)なお、展示会の内容は、地元新聞社を含め3社の淡路版に掲載されるなどの評価を得ることができた。(図2-4)

図2-1 提案会 本学生活デザインスタジオ

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図2-1 提案会 本学生活デザインスタジオ

図2-3 学生作品-2 ギャラリー長門屋

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図2-3 学生作品-2 ギャラリー長門屋

図2-2 学生作品-1 ギャラリー長門屋

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図2-2 学生作品-1 ギャラリー長門屋



図2-4 読売新聞2008年4月27日(日)朝刊に掲載

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図2-4 読売新聞2008年4月27日(日)朝刊に掲載

2−2 豊岡市鞄産業

兵庫県北部の地場産業として一大集積地を形成している豊岡市鞄産業の調査を行った。本学との連携実績は、学生引率による鞄メーカーの工場見学、デザイン指導などでありここでも継続的な連携には至らなかった。同産地の調査を行うにあたり、事前情報から新規的な生産及び販売を行っている株式会社由利代表取締役由利昇三朗氏と鞄販売店ARTPHREプロデューサー由利佳一郎氏を訪問した。

同産地は、バブル崩壊まで、鞄問屋、鞄メーカー、鞄材料卸業者が良好な関係を築いてきたが、問屋発注による生産拠点が中国に移り同産地メーカーは打撃を受ける。このような状況により同社は、問屋依存型の製品作りから、メーカー主体の製品作りに移行してきた。中国では出来ない縫製技術による品質の向上と製品管理を目指し、現在では国内産鞄ブランド「PORTER」吉田カバンのOEM供給をするまでに至った。生産現場では、従来の金型による材料の裁断に替わり、CAD・CAMの導入による材料取りの効率化も図られるなど充実した生産体制であることが確認された。(図2-5)

近年鞄の販路は、ファッションアイテムの一部となって販売されている。現在取引のあるブランドでは「AOKI」・「トゥモローランド」・「キクチタケオ」等であり、今後新たな販路の展開も期待される。

同社では、地元の若い人、地方のやる気のある人、鞄が好きな人を積極的に採用し、活気ある職場であった。また、大学との産学共同研究の機会があれば積極的に行いたいとの前向きな回答であった。

引き続き、鞄販売店「ARTPHRE」の店舗見学を行った。前述の株式会社由利が製造し、豊岡駅前商店街鞄ロードの一角にあるARTPHREが販売を行っている。独自の販路を本ブランドのコンセプトとしており「アートな気分」で旅を、趣味を、仕事を、人生をエンジョイする鞄とし、画材などを入れてスケッチ旅行の際に使用する鞄に特化している。したがって、販売は通常の鞄問屋ルートではなく、販売店は画材、文房具などの取扱店となる。また、カメラ用バック、ゴルフバックなどの販路も開拓中とのことである。店内も都会の雰囲気にディスプレイされ、各鞄製品のデザイン及び品質も高く、今後さらに発展を期待出来る製造販売の事業所であると思われた。(図2-6)

図2-5 CAD・CAMを導入している工場

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図2-5 CAD・CAMを導入している工場

図2-6 ディスプレイされている鞄 ARTPHRE

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図2-6 ディスプレイされている鞄 ARTPHRE


2−3 杉原紙研究所

兵庫県を代表する手漉き和紙の産地として、兵庫県多可郡多可町加美区鳥羽に設立されている杉原紙研究所を視察した。同研究所は以前より数回に渡り学生の学外授業などで紙漉体験及び見学を行っている。また、昨年度は、杉原紙を使用したあかりのコンクールに本学学生が入賞するなどの実績がある。しかし、現時点では本学との共同研究を行うまでの事業規模ではなく、現状の和紙の製作に留まっている。以前の調査からも杉原紙の品質はその歴史をみても大変優れており、様々な用途に展開できる可能性を秘めている。したがって、手漉き和紙杉原紙を積極的に県内外にも広く告知し、伝統産業を継承すべきであると考えている。近年、同研究所前に道の駅が設置された。また、2002年4月に開設された「紙匠庵でんでん」では、地域住民により杉原紙を用いた雑貨などを製作、販売しているなど、以前より杉原紙の認知度は上がっていると思われる。今後本研究も含め本学との継続的な連携方法を検討すべきである。

2−4 「神戸家具」について

幕末から明治初期の開港期に誕生した「神戸家具」と称される産業は、「東京芝家具」、「横浜家具」と並んで、日本の洋家具産業の原点の一つである。「東京芝家具」は、政府の外交上の需要に直結した産業であり、「横浜家具」と「神戸家具」は、開港地での居留地などの実用的な需要から誕生した産業である。この中でも「神戸家具」は、ある産業規模を持って発祥期から現代にまで継承される希有な産業であり、小さい規模ながら受注を中心に分業化された固有の環境で欧風クラシック意匠の家具製作を続けている。

「神戸家具」の伝統技術は木檜恕一が1920年に著した『木材の加工及び仕上』にある内容とほぼ同様の技術、道具を用いており、明治後期から大正初期に定着した技術を継承していると考えられる。また、椅子の製作を例にとれば、木地、刳(く)り、彫刻、塗装、張りの各工程の各専門職が独立しており、複数の業者を通過して完成に至る特徴的な産業構造を持っている。「神戸家具」の範疇を限定することは困難であるが、今日では20弱の専門業者がそれぞれ伝統的な技術を継承し産業を支えている。中には明治初期に創業し、店舗の歴史が日本の洋家具の歴史ともいえる老舗もある。

関連業者間のネットワークは組合が中心で、「兵庫県家具組合連合会」を構成する5組合のうち「生田家具組合」、「神戸葺合家具組合」、「団地協同組合木工センター」の3組合に加盟している。具体的な活動組織としては、業界の次世代を担う青年部によって構成される「神戸市家具青年部会」があり、「神戸家具」関係の情報発信や展示会、勉強会等を行っている。また、「ものづくりセンター」では後継者育成事業として、業界と神戸市、(財)神戸市産業振興財団が共同で「神戸ものづくり職人大学」を開催し、伝統技術の伝承を図ると共に情報の発信拠点として活動している。しかし、新たな製品計画は小売を担う業者が個別に行っているのが現状で、「神戸家具」業界の将来を見据えた組織的な取り組みはなされていない。

これら「神戸家具」のオーダーメイドの手工業技術は量産技術にはない可能性を持っている。無垢木材・ほぞ組・膠(にかわ)接着・ワックス仕上げを基本とする自然素材の特性に精通した技術は家具製作の原点であり、材に対する負荷が少ないため長期にわたって修理が可能である。その上、基本的に「モデルの更新」という概念がないためスタイリングを長期間保つことができ、ロングライフデザインの典型例だと言える。しかし、現代ではクラシック調を求める顧客層は非常に限られているのが現状で、「神戸家具」業界は全般的に廃業や規模縮小の傾向にあり、産業自体の存続に関わる後継者の育成が大きな課題となっている。

「神戸家具」業界と本学との産学連携事業については、進行中のものを含めて3事例がある。すべて業界を代表する(株)永田良介商店との関係で成立したもので、2002年度の神戸芸術工科大学研究所プロジェクトでは、今日まで体系的に纏められたことの無かった「神戸家具」の歴史と技術の基礎調査を行った。2007年度からの科学研究費補助金(継続3年予定)による研究では、先の研究の詳細を詰めると共に、調査の結果を基に伝統技術によるサスティナブルデザインの可能性を探る試みを継続している。そして、2008年度の神戸芸術工科大学受託研究においては、大学がコーディネーターとなり、伝統技術を用いたサスティナブルデザインの可能性をより実地的なケーススタディとして展開することを計画している。具体的には、現代的な情報発信力の高い家具製造販売店と永田良介商店の技術・伝統とのコラボレーションによって、将来的なブランディングを考慮した新たな家具デザインを提案することである。

産学連携の展開としては、まだまだ過渡期であり将来が予見できる状態ではないが、「神戸家具」は歴史的にブランド力のある地場産業であり、技術的にも上記の通り大きな可能性を秘めている。今後、産学に官を加えた連携の取り組みによっては今日のライフスタイルの多様化に対応した展開を牽引できる手助けになることを期待している。

2−5 北播磨地域の地場産業「播州織」産地との産学連携による「ものづくり」

西脇プロジェクトでは、西脇市を中心とする北播磨地域の地場産業「播州織」の産地と連携し、播州織を用いたジーンズの製品開発を行った。播州織はこれまでシャツ地の素材として知られてきたが、その売り上げが低迷し、シャツ地以外に販路を拡大しようとする動きが出始める中、播州織の新たな製品の可能性を模索した。

播州織では、これまで細番手の糸を用いてシャツ地を中心にした薄手の先染綿織物が生産されてきた。これは産地の織機が重布織機でなく普通織機であるところから、太番手の糸を用いて厚手の生地を織ることができなかったためである。今回連携を行った産元商社「高龍商店」は、播州織の産地でも織り易く、厚地を織るためにオックスフォード織の帆布を開発した。普通織機を用いて10番手の経糸を引き揃えにして平織をし、11号帆布に匹敵するオックスフォード織の「帆布」を織り上げた。この布は、このオックスフォード織の特性である吸水性に帆布の持つ丈夫さを兼ね備えたもので、これまでの播州織のイメージとは異なるものであった。そこでプロジェクトでは、この素材を用いて製品開発を試み、洗いにかけた時に現れる自然な風合いを活かしてジーンズを作ることにした。播州高砂(現在の高砂市)が日本の帆布の発祥の地であるところから、「帆布発祥の地『播州』のご当地ジーンズ」というストーリーを作り、播州織の新しいイメージを産み出すものとして「帆布」を用いた「播州ジーンズ」を開発することにした。

オックスフォード織は、経糸に白糸、緯糸には色糸を織り込むことで白地が強いさわやかな色合いが生まれることから、緯糸には、インディゴ、サックス、レッドの3色を展開した。先染め織物の播州織を特徴づけるため、ベルトやヨーク裏には「しじら織」に「はね卯」柄を捺染した播州織を用いた。またジーンズのデザインは、播州という言葉から、歴史や伝統を感じ、ゆったりとした時間をイメージできるところから、流行にとらわれず、ゆったりとしたシルエットとゆるいディテールに、「ワン・ウォッシュ」をしただけの洗いざらしの自然な肌触りを特徴とさせた。また、革パッチには播州の「播」字を大きく型押しし、織ネームにも「播州n+able」とゆるい書体で「播州」という字を入れて、デザイン、イメージ上の統一感を持たせた。(図2-7)(図2-8)

現在、この「播州ジーンズ」は、男女別に3サイズ展開し、西脇TMOが運営する西脇市の「播州織工房館」で販売をしている。また兵庫県職員互助会でも2008年夏より販売する予定である。播州織の産地では、これまでの受託加工型産地から発信型産地に変貌していくことを模索している。そのためには、シャツ地に限られていた播州織のイメージを変えることが不可欠であり、「播州ジーンズ」はその可能性を持っていると期待されている。

図2-7 播州ジーンズ

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図2-7 播州ジーンズ

図2-8 革パッチと織ネーム

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図2-8 革パッチと織ネーム


2−6 丹波焼

日本六古窯の一つである丹波焼産地をとりまく現状と問題点として、以下の5項目について調査報告を述べる。1-窯元の経営形態、2-生産状況、3-販売状況、4-経営上の問題と課題、5-陶の郷の現状である。

窯元の経営形態は、事業所の規模は家族主体の家業で、ほとんどは個人事業の規模である。後継者は2/3以上の窯元はすでに決めており問題は余りない。保有する窯は登り窯もしくは穴窯を全窯元が保有しており、その他ガス窯や電気窯なども保有している。

製品の種類は食器と花器で2/3を占め、酒器は大幅に減少している。また技術の継承方法は、他の産地で修業した後戻り、親方の技術を学ぶスタイルが多く、産地内に技術センター的なものはない。

販売先は兵庫県内が60%弱、兵庫県外の近畿圏が25%であり、近畿圏外は極めて少ないのが特徴である。また、販売方法は庭先での販売が40%、陶の郷即売場での販売が20%で全体としては受身のスタイルである。価格決定の方法は、陶工気質、作家気質が強いため2/3が自分で価格を決めている。また、顧客を多数持っているが、顧客管理は不十分な状況である。

経営上の問題点として、窯元は需要の停滞、受注変動の大きさ、製品変動の低下の順にとらえられている。経営課題としては、新商品の開発と新規開拓が大切と考えており、経営者としてより作家意識が強い。また、今後力を入れたい販売方法としては、陶の郷での販売強化を1番に考えている。

最後に陶の郷の現状は、入園者数は1996年度には15万人以上あったが、現在は9万人余まで減少している。陶芸教室利用者数、陶芸教室売上高や即売場売上高も総じてピーク時の60%程度まで落ち込んでいる。ただ、2005年度には、長期低落傾向に歯止めがかかり、2006年度には回復傾向が顕著に見られるようになった。また、2007年度についても、陶芸教室利用者数の大幅増加等により回復傾向は継続している。


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