1 テキスタイルプリントの背景

1−1 インクジェットプリント

布における「インクジェットプリント」の普及では、1980年代に「NECOプリント」といわれる大型の印刷技術があった。野外のディスプレイや垂れ幕などに、原画のデザインをコンピュータで読み込み、拡大してプリントする技術である。その技術にいち早く注目して、巨大なアート作品を創る美術家も出現した。簡単に巨大な印刷ができることは有効だが、画像が荒いことなどで、それがファッションやテキスタイルデザインに応用されることはなかった。

その後、90年代にキヤノン、エプソンなどの大手メーカーが、紙以外に布にも高い品質でプリントする技術を開発していった。その場合でも、布は限定されたものしか使えず、日常のテキスタイルや衣料にあまり利用されなかった。なかでは、鐘紡、住之江などの服地・インテリアメーカーが、共同で高品質のプリンターを開発していた。

確実に技術は進歩した。しかし、意外にコストがかさむことや、デジタル画像を活かしたデザインが生み出されないため、さほど浸透していない実態がある。同じく90年代に、ニットで高い技術を持つことで知られる島精機製作所が、ニット素材に直接印刷できるマシンを開発した。布は、材質や編・織の構造によってテクスチャーの変化が大きい。多種多様な布を使うアパレル産業では、それに対応する技術でなければならないだろう。

今日のアパレル商品では「小ロット多品種」が、一つの価値観として定着しつつある。多くはないが、インクジェットプリントで主に生産する染色工房も生まれている。(写真1・2)*1そのなかで、インクジェットプリントは今後さらに重要度を増してゆくだろう。

写真1 “Realistic Button-Red”

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写真1 “Realistic Button-Red”

写真2 “Realistic Button-Animals”

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写真2 “Realistic Button-Animals”


1−2 熱転写プリント

布上での多色印刷の方法として、熱転写プリントがインクジェットプリントと同時代に開発された。いったんロール紙に大量印刷したものを、高熱のプレスによって布に転写するので、写真原稿などを細密にプリントできる。問題点として、素材はポリエステルしか染色できなかったことと、染料が繊維の上部にしか付かないため色に深みがなく、安物のイメージが定着した。

そのなかで、90年代にデザイナーの三宅一生は、プリーツの布に転写プリントを行い、歴史に残る仕事をしている。特に、現代美術家とのコラボレーション*2が知られている。素材がフラットではなく、立体的であるために安物のイメージが払拭されている。

近年では、家庭用のプリンターで使える転写用紙が市販されている。パソコン上の画像を転写紙にプリントして家庭用アイロンで布に転写する。その場合、皮膜が布に残ってしまい、布としての風合いを損ねてしまう。部分的な使用は効果的だが、全面をプリントすることには全く向いていない。

大量生産における方法としては、最近では綿への印刷も可能となっており、現在でも有効な手段である。直接布にインクジェットプリントする方がずっと簡易で都合が良さそうだが、コスト的にもはっきりと転写が優位な位置にある現状となっている。

1−3 プリントサービス

一般人が有料で布にプリントサービスを受ける場として、現在では大型写真店などがある。以前はコピー専門店などで可能な所もあったが、現在はあまり布に対応していない。紙に比べると、布は品質が多様で、伸び縮みもあり、コンディションをコントロールすることが難しい。そのために、写真店などでは、写真を布にプリントする場合、布の選択肢は少ない。Tシャツとかバーナーなどは、特殊な店舗で対応している他、ネットで検索すると各種の注文を受けるサイトを見つけることができる。

そこで、研究を進めるにあたり、試験用シート(図1)*3を作り、比較のためのサンプルを作成した。多くの場合、細かい文字なども印刷でき、使用に対応する布が決められている場合の再現性はきわめて高いことが判った。しかし、ほとんどの場合、壁を飾るような用途には適しているものの、衣服やインテリアなどの布の条件には遠い。Tシャツなどは熱転写が普通で、直接プリントするインクジェットは、かぎられた工房でなければ専用機種を置いていない。

幅広い布に対応するインクジェットプリンターが普及してない理由は、驚くほど安くなっている紙用に比べ、プリンターがかなりの高額である。また、布により染料を変える必要があることや、顔料インクの場合でもインク代が安くない現状がある。

図1 試験用シート

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図1 試験用シート


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通崎睦美がプロデュースする浴衣ブランド“メテユンデ"で2005年に発表した浴衣。他に先駆けインクジェットプリントを採用。アンティークのリアリスティックボタンを撮影しデザインした。プリントは京都の株式会社日比勝染色が行った。(制作・撮影:戸矢崎満男)
三宅一生は1990年代はじめにプリーツ・プリーズで衣服の新たな創造を成し遂げる。1996年から、森村泰昌、荒木経惟などのアーティストとのコラボレーションによって、デザインの可能性を広げている。(『身体の夢』京都服飾文化財団、1999年、97p)
古典模様、抽象絵画、花、スペクトル、文字、線の各種を入れたA4サイズのデジタルデータ(デザイン:杉本真理子)