4  光と色彩の文化価値について「自然色」と「古色」と「光」の織りなす風景

4−1 調査概要

白川郷は、森林面積が93.93%を占め、宅地面積は0.17%、農用地が0.24%、その他が5.48%の山間地域である。急峻な山々に囲まれた深い山林と起伏の多い険峻な地形により、庄川沿いの僅かな段丘に立地する。気候は、日本海斜面の飛騨寒地多雨型に属し、1月から2月に季節風がもたらす大雪は多い時で4mも積もり、積雪期間は4ヶ月にわたる。この山域に根付き、雪深い気候風土の中で、白川郷の人たちは山村の厳しい生活を維持するための独自の造型と色彩の文化を生み出し、自然を愛し自然と共に暮らす知恵を伝えてきた。

1995年、「白川郷・五箇山の合掌づくり集落」は、その民家建築としての建築的価値が認められたこと、また、「それがまとまって残りかつての農村景観を保持している」という集落的価値が認められ、世界文化遺産に登録された。

本調査は、日本の原風景を伝える世界文化遺産合掌集落白川郷荻町をフィールドに、その色彩風景の文化的価値を「時間」と「空間」の二つの軸から考察し、日本人の生活美学を伝える持続可能な色彩風景のあり方を探ることを目的とする。

ここでいう「時間」とは、時間のながれにより形成された「古び」であり、「空間」とは、「天―天の恵みである光の利用、神への願い」、「地―山、水、石、土など自然景観」、「人―建物、看板、結界など人工的な風景」を指す(図4-1)。


図4-1 白川郷における色彩の調査視点

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図4-1 白川郷における色彩の調査視点

4−2 白川郷の風景を成している「地」の色

山に抱かれた白川郷は、四季の色がはっきりしており、春は新芽の黄緑、夏は深緑、秋は紅葉の赤と黄色、冬は雪の白を基調色として、豊かな色彩に包まれる(図4-2)。本調査は真夏の白川郷をフィールドにしながら、その季節の色一つ一つの再現に拘るのではなく、住民の嗜好や信仰に直結する色を探すことに視点をしぼった。

ここでは「地―自然」の色として、主に山・水・石・土などの色について検討する。


図4-2 四季がはっきりとした白川郷は季節により豊かな色彩風景を織りなす(左より春、夏、秋、冬)

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図4-2 四季がはっきりとした白川郷は季節により豊かな色彩風景を織りなす(左より春、夏、秋、冬)

4−2−1 山の色

白川郷は四面山に囲まれており、特に北西方向に遠望できる白山は、日本の三大霊山の一つとして知られ、白川郷を含む周辺地域の信仰を集めている。白山はほぼ半年ぐらい雪の白景色が見られることに由来する(図4-3)。


写真30 内装工事完了:2007年3月17日 

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図4-3 山に抱かれた白川郷(右)、白川郷より遠望する白山は周辺地域の信仰を集める(左、5月の風景)

4−2−2 水の色

山間地域において何よりも大切にされるのが水の確保。白川郷の山から流れる清い水は白いせせらぎとなって谷を帯状にながれ、集落のある盆地では翡翠色の緩やかな川「庄川」となって南北を縦断する。白川郷の名称は、この白山から流れ落ちる白いせせらぎに由来する。白川郷にはまた「白滝」と呼ばれる滝があり、これらの名称からは、「白い水」への住民の特別なこだわりを伝える(図4-4)。


写真30 内装工事完了:2007年3月17日 

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図4-4 町の西側を流れる庄川の緩やかな流れ(左)、山間部を流れる水の白いせせらぎ(右)

4−2−3  石・土の色

集落内には、敷地と道や敷地間の段差を移動するための石段や、庭池の中で意匠的に用いられた石渡など石の工作物も多く見られる。これらの石の調達は、基本的に農地を開墾するときに出る石を用いている。その色を観察すると、灰色の上に苔が生え、それが乾燥した部分は白く光っている(図4-5)。


図4-5 町の中に見られる石、時間の流れを伝えているかのように白く光っている

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図4-5 町の中に見られる石、時間の流れを伝えているかのように白く光っている

4−2−4  小結

自然は季節により豊かな色彩風景を形成するが、その中でも白川郷住民が特別な思いを込めて、集落の名前または山や滝の名称として伝えている色があり、それは、自然のいたる所に見られる「白」である。

4−3  白川郷の風景を成している「天」の色

4−3−1 神社建築に見られる白の意味

お寺や神社の建物も天然素材を利用した木造建築であり、軒下には控えめな浅彫りの装飾が施され、その彫りには白胡粉が塗られている。それは木の腐食を避けるための保護対策であると同時に、軒下における主な飾りの色となっている。

神社正面の軒下には龍の彫刻があり、そこには白と赤の塗りが見られる。農耕民族にとって、龍は水の神様であり、太陽を運ぶ神獣でもある。白川郷の住民が愛し伝えてきた「白」には、水と太陽への崇拝の念が込められていると考えられる(図4-6)。

興味深いことに、境内の石の狛犬の足爪や歯、目玉などにも白胡粉が塗られていることがあり、白い和紙をもって結界を示す風習とともに、「白」への崇拝がうかがえる(図4-7)。


写真30 内装工事完了:2007年3月17日 

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図4-6 神社建築の軒下を飾る白 


図4-7 白胡粉で塗られた狛犬の足爪・目・歯

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図4-7 白胡粉で塗られた狛犬の足爪・目・歯

4−3−2 小結

「白」への拘りを継承した白川郷において、白は天からの恵みの色、水と太陽の神の色として概念化されていることがうかがえる。

4−4 白川郷の風景を成している「人」の色

豪雪の気候風土の中で生まれた合掌建築。大きなカサの切妻形式の屋根の下は3〜4階建てとなっており、1階が生活スペース、2階が養蚕に使われ、3−4階は茅などを収納する倉庫となっている。観光地化された現在、1階が民宿、2階が家族生活のスペースに改造されていることが多い。

4−4−1 建造物

白川郷の合掌建築は、茅葺きの屋根、板壁または土壁、和紙貼りまたは板張りの開口部を持つ。自然の素材を利用した建物は、全体的に茶系の色味を帯び、和紙の白がアクセントカラーとして目立つ。

大きい民家の軒裏のたるきや腕木には、防腐効果を計って胡粉を塗っていることがあるが、その色は同時に暗闇に隠れた軒下を明るく華やかに飾る役割もしている(図4-8)。


図4-8 合掌造りの建築: 茅葺きの屋根、板壁・土壁、和紙貼りの開口部、白胡粉塗りの彫刻が施された軒裏

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図4-8 合掌造りの建築: 茅葺きの屋根、板壁・土壁、和紙貼りの開口部、白胡粉塗りの彫刻が施された軒裏

4−4−2 看板・結界

建物にははっきりとした境界となる垣根を設けず、木の枝やすだれで緩やかな結界を作っている。商店街では、看板の代わりに草で造ったボール状のものを軒下にぶら下げて「良い酒の入荷」を間接的に知らせたり、藍染めの暖簾を掛けて店舗との結界としていることが見られる(図4-9)。商店街の店の看板は、木の板または藍染めの暖簾に白文字が決まりパターンとなっており、明かりや商品を飾ったりしている(図4-10)。


図4-9 自然素材や藍染めの布を用いて緩やかな結界を形成

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図4-9 自然素材や藍染めの布を用いて緩やかな結界を形成


図4-10 店舗や町の看板・標識には白や黒の文字を使用

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図4-10 店舗や町の看板・標識には白や黒の文字を使用

4−4−3 小結

合掌建築は主に自然素材を用い、茶色系統の色と灰色系統の色が基調色となり、人工的に色を施すことはほとんどなく、軒下に白胡粉を小面積に塗るのみである。店舗看板や標識においても、白又は黒文字を用いるのが一般的となっている。

4−5 「光」の共演により変化する景色

4−5−1 光による景色の変化

本調査では、集落の北側の山頂の展望台から眺望する集落全景を、午後3時10分から5時50分までの間に、10分ごとに一枚の写真を撮り、夕日の中で変化する集落全景の表情の変化をとらえた(図4-11)。


4-11 光の変化による町の表情の変化(町の北側の展望台より、15:10-17:50の間10分毎に1枚の写真を撮影)

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図4-11 光の変化による町の表情の変化(町の北側の展望台より、15:10-17:50の間10分毎に1枚の写真を撮影)

4−5−2 直射光を避ける様々な工夫がされた開口部

合掌づくりの屋根の部分は低く地面に向かって下がっている。の合掌建築は平入形式であり、ほぼ東西に向けた平面全体に広く開口部が設けられ、風が通り直射光が入りにくいように工夫されている。正面から見ると、真夏のお昼だというのに、屋根の下に露出された一階の部分の半分ぐらいが深い陰の中に隠されている。

夏には、多くの民家が光の直射を避けるために、窓の外側にすだれを掛け、さらに直射光を遮断している。横方向のスライド式ガラス窓の内側に、さらに上下スライド式の和紙貼りの窓を付けて、夏の太陽光対策をしているケースも見られる(図4-12)。

図4-13、4-14は国家重要文化財の和田家における室内の風景である。一階の西側に設けられた和紙貼りの障子を開けて入ると、玄関は畳部屋となっており、太陽の直射光はおよそ1畳の幅をやっと超える深さで照り込んでいる。障子を閉じると、和紙を透過して入ってくる光はかすかな明かりの陰となって、柔らかく床を照らしている。建物の周辺は廊下を設け、寒気と太陽の直射光を遮断している。養蚕業の作業場として使われていた二階は、開口部が南北向きに広く設けられ、採光と通風を良くしている。大きく隙間が空くように敷いてある床からは、一階の囲炉裏の明かりと熱が伝わる。


図4-12 直射光が室内に入りにくい建築構造。夏は開口部にすだれなどを設け、さらに光を遮断

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図4-12 直射光が室内に入りにくい建築構造。夏は開口部にすだれなどを設け、さらに光を遮断


図4-13 西側に面した玄関には僅かな光が入射、南北側には廊下を設け直射光を遮断(和田家の玄関)

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図4-13 西側に面した玄関には僅かな光が入射、南北側には廊下を設け直射光を遮断(和田家の玄関)


図4-14 養蚕を行なう生産場所であった二階は南北に大きく設けられた窓から光と風を取り入れ、一階の囲炉裏の光と熱も伝わる(和田家)

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図4-14 養蚕を行なう生産場所であった二階は南北に大きく設けられた窓から光と風を取り入れ、一階の囲炉裏の光と熱も伝わる(和田家)

4−5−3 光の反射の利用

合掌づくりが一概に光を嫌うということではない。直射光を避けながらも、巧妙に反射光を使ったりして、自然の明かりを和らげて利用する工夫をしている。例えば、図4-15に見られるように、庭の貯め池の水から反射した光は、ちょうど軒下の陰の部分を照らし、自然の照明となっている。


図4-15 庭に設けられた貯め池は、夏になると太陽の光を反射して暗い軒下の部分を照らす。

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図4-15 庭に設けられた貯め池は、夏になると太陽の光を反射して暗い軒下の部分を照らす。

4−5−4 光と陰の色の応用

軒下に深い陰を造る建物様式が定着した白川郷では、軒下の壁に陰の墨色を塗る形式も生まれている。陰と光の調和により、目立たず自然な感じを与える。

4−5−5  小結

太陽を崇拝する人々である白川郷住民は、光と陰両面に慣れ親しんでいる。住居の全体を明るくしようと欲張らず、生活の中に光と陰を上手に取り入れる方法を考案した。それは、自然を征服するというより自然を無理なく応用する日本人の生活美学であり、そのような美学により、日本人の自然に根付いた控えめな色彩観が生まれていることが分かる。

4−5−6 白川郷における「古び」の風景

「古色」は「自然色」とともに、白川郷の町の色として推奨されている。シンプルな建築様式と共に受け継がれてきた白川郷の風景は、自然と共生する日本人の魂を現在に伝えるものであり、そこに見られる古びた色は、日本人の「侘・寂」の美学を映し出している(図4-16)。

ここでは、白川郷に伝わる「古び」の美を室内外の風景の中で考察する。


図4-16 壁に陰の色ー黒を施した建物

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図4-16 壁に陰の色ー黒を施した建物

4−6ー1  室外風景にみる「古び」の風景

白川郷合掌建築の屋根はススキという茅を葺くが、室内から絶えず囲炉裏の煙で焼くことにより虫つきを防ぎ長持ちさせている。現地インタビューによると、この屋根は一般的に約30〜80年間の寿命を持つという。初めのときは赤みのある黄金の色であるが、時間が流れるにつれて太陽の光や雨、風により風化し、灰色に近い中間色の「古び」の美を見せる。多湿気候の白川郷において北側の屋根は、さらに苔が生えて見事な「古び」と「自然」を演ずることもある(図4-17)。

外壁は板張りが主流となっており、新しい板は温かみのある茶色であるが、湿気の多い陰地では徐々に黒っぽい中間色の褐色となっていき、日当りの良いところでは白っぽい褐色となっていく。

民家の玄関前に並べた古い農作業用の道具や置物などをみると、多くが自然の中で徐々に色が褪せて白っぽくなり建築の「古び」を強化している。自然の木目や環境によって、変化に富んだ色合いとなり、強い日差しの中でも柔らかい視覚効果がある(図4-18)。


図4-17 合掌建築の茅葺きの色

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図4-17 合掌建築の茅葺きの色


図4-18 民家の外壁や玄関前の農機具、置物の古びた色

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図4-18 民家の外壁や玄関前の農機具、置物の古びた色

4−6ー2 室内風景にみる「古び」

「われわれは人間の垢や油煙や風雨のよごれが付いたもの、乃至はそれを思い出せるような色あいや光沢を愛し、そう云う建物や器物の中に住んでいると、奇妙に心が和らいで来、神経が安まる。」(谷崎潤一郎『陰翳礼賛』)

雪の国白川郷の合掌建築において、囲炉裏から出る煙は屋根の草や白木の柱・家具を燻して虫を予防する役割をする。煙に燻された合掌建築の内部は、年月とともに黒くくすんでいき、囲炉裏の建具や柱、引き戸は、時代を連想させる沈んだ色へと変化してくる(図4-19)。

白川郷の遠山家や野外博物館合掌造り民家園内にある中野長治郎家の書斎は、くすんだ青や赤で内壁を塗っており、落ち着いた陰影の世界を作っている(図4-20)。


図4-19 煙に燻されて黒ずんだ合掌建築室内の色

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図4-19 煙に燻されて黒ずんだ合掌建築室内の色


図4-20 合掌建築室内における黒ずんだ色使い

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図4-20 合掌建築室内における黒ずんだ色使い

4−6ー3 建築・看板・標識・工作物における「古色」の応用

観光業の発達につれて、「自然色」や「古びた色」で町の景観色彩調和を図る施策や、「荻町から看板を失くする運動」などを通して、荻町ではできるだけ原風景を残す為の努力がなされている。

「自然色・古色」として、自然素材のままの色、そして金属板の場合は黒、看板に書く文字は白と黒が選ばれ、白川郷の観光風景に加わった。

4−6ー4  小結

時代の流れの中であらゆる自然素材は、自然の厳しさと人間臭さが加味され、やがては鮮やかな色味を取り除いた白黒や中間色に近い「古び」の色となっていく。その「古び」への愛着は日本人の生活美学の現れである。

4−7 まとめ

白川郷はその合掌建築のユニークな形だけではなく、「ある時代、ある文化を代表する例」として挙げられている。その故、世界遺産白川郷の文化遺産保存においては、その「外形」だけではなく、そこに内包された「文化」を深く理解し、受け継ぐことが求められる。

本研究は、白川郷における景観色彩の文化的価値に着目した調査研究を展開し、以下の結果を得られた。
(1) 概念色―白の景観色彩としての応用

白は白川郷の自然のいたる所に見られる自然色であり、山と水と太陽への崇拝を凝縮した概念色でもある。現代社会において、店舗の看板など新しい景観づくりに多く活用される色でもある(図4-21)。
(2) 「古びた色」の価値

合掌集落白川郷の歴史の重みを感じさせる「古色」の世界。室外材料の白に近い中間色や室内の黒ずんだ深みのある色が、「古び」の価値を生んでいる。それは、自然と共生する中で創られたエコロジカルな色彩価値観の現われである。
(3) 「光と陰」の文化

合掌建築においては、生活空間の中に光と陰を巧みに取り入れている。柔らかい光や陰翳への嗜好は、控えめな色彩観の形成にもつながり、これは日本人の「侘び寂び」の世界につながっていると考えられる。

色彩が氾濫する現代社会において、これら世界遺産白川郷における「色彩の原風景」は、日本人の色彩感性を伝える貴重な文化遺産であり、「継続可能な地域づくり」を再考させるため良い材料であるに違いない。


図4-21 景観における「古色」の応用

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図4-21 景観における「古色」の応用

《色彩調査班》
李改榮 LI Gairong
徐佳 XU Jia
秦彦超 QIN Yanchao
高寧 (北京理工大学)
学成 (北京理工大学)
PARK Youn-jea(東西大学)
KIM Yun-hee(東西大学)
HWANG Jung-kyu(東西大学)

【担当教員】
齊木崇人 SAIKI Takahito
曽和英子 SOWA Eiko
黄国賓 HUANG Kuopin


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