作品|WORK

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線織面による立体構成 −Constructed Cave No.1作品解説 −

Solid Construction with Ruled Surface: Explanation of“Constructed Cave No.1“


久冨敏明

HISATOMI, Toshiaki		 Associate Professor, Center for Design Studies





はじめに

 2007年3月「神戸ビエンナーレ2007」*1の一部門「アート・イン・コンテナ」出展作品公募のための国際コンペティションが実施された。応募案「Constructed Cave No.1」(以下「CC1」と略す)は入選45作品のひとつである。提出物はドローイングと縮尺1/20の模型であった(図1、2、3、4)。

図1)「CC1」平面図、断面図

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図1 「CC1」平面図、断面図

図2)「CC1」アクソノメトリック図

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図2 「CC1」アクソノメトリック図


図3)「CC1」模型写真(内観)

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図3 「CC1」模型写真(内観)

図4)「CC1」模型写真(外観)

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図4 「CC1」模型写真(外観)




1|デザイン方法とコンテクスト

 例えば建築をデザインする場合、与条件と如何に向き合うかが重要である。それらは「敷地形状」、「法規制」、「機能性」、「安全性」、「周辺街並との文脈」、「歴史性」など多くの要素に対して総合的且つ明確なひとつの原則で貫かれた強い提案が求められる。「CC1」は美術作品であるがコンペの与条件を読み込み、また様々なコンテクストを設定することからデザインを始めた。美術作品は不可避に作家の無垢な感性の表現と言える。一方、周辺環境との関わりや参照価値のある作品・歴史など、他者との関わりの中でデザインすることも重要である。「CC1」は与条件と自ら設定した他者との関係性を複数のコンテクストの中に見出す事によってデザインされた。



2|コンペティションの条件と提案

 奥行12m×幅2.5m×高さ2.5mの輸送用ドライコンテナ内部に、ジャンルフリーのアート作品を自由に展開すること。コンテナの設置場所は神戸市中心部のメリケンパークと呼ばれる港湾地域の公園(図5、6、7)。以上がコンペティションの応募条件であった。この与条件を作品にとっての周辺環境として捉え、積極的に関わることを考えた。建築分野では固有の敷地から始まる設計行為において、周辺環境との関係性を考察するデザイン手法をコンテクスチュアリズムとして分類されている。それは周辺環境と同じデザインで同化させると言った狭義な捉え方にとどまるものではない。たとえば、リチャード・マイヤーは博物館のファサードを隣地に建つ歴史的建造物の開口部の寸法と比率を援用することで自らのスタイルである白い外壁との調和をデザインした(図8)。ピーター・ウィルソンは歴史的街区に図書館を設計する際、隣接する街区に建つ教会の軸線を敷地内に導入し、通路を配置する計画を実現した(図9)。また、磯崎新は都市的コンテクストが不在の新都市つくばの中心施設に世界の歴史的建築物の意匠をコラージュすることをデザイン手法とした(図10)。これらの事例はコンテクストの中でデザインすることによって環境を活性化させる可能性を示している。

図7)神戸ビエンナーレ会場計画

図7 神戸ビエンナーレ会場計画

図5) 神戸ビエンナーレ会場と周辺環境

図5 神戸ビエンナーレ会場と周辺環境

図6)展示用コンテナ内部

図6 展示用コンテナ内部


図10) 「つくばセンタービル」磯崎新、1983

図10 「つくばセンタービル」磯崎新、1983

図8) 「フランクフルト工芸美術館」リチャード・マイヤー、1985

図8 「フランクフルト工芸美術館」リチャード・マイヤー、1985

図9) 「ミュンスター市立図書館」ピーター・ウィルソン、1993

図9 「ミュンスター市立図書館」ピーター・ウィルソン、1993


 「CC1」においては周辺環境との関わりの中で、ビエンナーレ会場の隣接地に建つ神戸ポートタワーに着目した。ポートタワーは幾何学的に明快な線織面*2によって構成されている。その相似形をコンテナ内部に配置することからデザインが始まった。また展示空間である輸送用コンテナは入口の反対側が常時閉鎖されており、その部分は外光から遠く暗闇が支配している。入口から最深部にいたる明から暗への道程はその閉鎖性をともなって洞窟(Cave)のような空間と感じられた。作品にとって周辺環境であるこれら2つの与条件からポートタワーとの関連を明確にすることとコンテナを洞窟と見立てることが決定された。それらは「都市的コンテクスト」と「地理的コンテクスト」*3への提案である。コンテクスチュアリズムのデザイン手法は建築にとどまらず、「CC1」のような特殊な展示場所と限定空間を持った美術作品においても有効であると考えている。



3|立体幾何学

 神戸ポートタワーの美しさの根拠は立体幾何学の分類の中で線織面に属する事にある。修練を経た手と感性が生み出す自由な曲線美の造形物が存在する一方で、線織面は曲面の構成要素(母線)が直線である。曲面の中に直線が存在するという不自由さを持つことによって、線織面は他の曲面に無い美しさがある。直線の運動の軌跡が作り出す優美な縦横比率を持つポートタワーは、双曲線の回転体として理解され単双曲線回転面と呼ばれる。線織面は単曲面とねじれ面に分類される。単曲面は円柱や円錐など平面に展開可能な立体であり単純な形をしている。ねじれ面は展開不可能で単双曲線回転面のほかに双曲放物線面(HPシェル)とつるまき線面(螺旋)がある。「CC1」はこれら3種類のねじれ面の変形と組合せで構成されている。曲面の大きさと配置は鑑賞者の動線と洞窟のような空間を目指して幾何学的な地形をつくりだす事を考慮して決定された。ポートタワーを「都市的コンテクスト」として参照することから始めたデザインは、立体幾何学に対する理解とそれを展開することを通して「文化的コンテクスト」を獲得する。このように複数のコンテクストの上でデザインを行うことによって、多様な物語を発信する作品になると考えた。



4|歴史性

 「CC1」は多くのレファレンスが存在することによってデザインされている。それらは建築、モダンアート、そして数理学モデルの歴史である。
 建築における線織面分類のねじれ面の登場は、西欧における建築技術が組石造から解放された近代を待たなければならない。歴史的考察の精度は本稿の範囲を越えているが、単双曲線回転面をデザインすることの源泉は1896年汎ロシア博覧会の給水塔(設計:ウラディーミル・シューホフ)である(図11)。後年、シューホフは単双曲線回転面を重ねた構造体をもつ高圧送電塔(図12、13)も設計している。それらは積雪を考慮しなければならない地域性を越えて究極的な構造美を実現している。その後、現代に至るまでの間に多くの建築作品に影響を与えた。また双曲放物線面(HPシェル)を実現した建築は数多く存在する。その中で1958年ブリュッセル万国博覧会のフィリップス館(設計:ル・コルビュジェ)(図14)は、大きさの異なるシェルを非対称に複数組合せてひとつの形態を生成したことによって特筆すべき存在と言える。コルビュジェにとっては、他の多くの建築作品による偉大な功績に隠れているが、曲面の幾何学的理解を評価軸とした建築デザインでは記念碑的作品である*4。「CC1」はこれらの系譜上にあり美術作品として直接的に線織面の美しさを表現することを目指している。
 モダンアートの分野ではナウム・ガボによる「Kinetic Construction(Standing Wave 1920年)」(図15)が参照された。この作品は金属の棒を電気モーターで回転させることによって成立するキネティックアート(動く彫刻)の始まりと考えられている。のちにバウハウスのデザイン基礎授業において、電気モーターを用いて直線・曲線を回転させることによって立体を生成する演習が実施された(図16)。「CC1」は動く機構を持たないが、基本的な形態の生成方法はキネティックアートを参照してデザインされている。

図13) 「ニーグル地方の高圧電流送電タワー」ウラディーミル・シューホフ、1927-29

図13 「ニーグル地方の高圧電流送電タワー」ウラディーミル・シューホフ、1927-29

図11)「汎ロシア博覧会の給水塔」ウラディーミル・シューホフ、1896

図11 「汎ロシア博覧会の給水塔」ウラディーミル・シューホフ、1896

図12) 「シャボルフカのラジオタワー」ウラディーミル・シューホフ、1922

図12 「シャボルフカのラジオタワー」ウラディーミル・シューホフ、1922



図16)Versuchsreihe aus der Plastischen Werkstatt unter Joost Schmidt,1930

図16 Versuchsreihe aus der Plastischen Werkstatt unter Joost Schmidt,1930

図14)「フィリップス館」ブリュッセル万国博覧会、ル・コルビュジェ、1958

図14 「フィリップス館」ブリュッセル万国博覧会、ル・コルビュジェ、1958

図15)"Kinetic Construction (Standing Wave)"Naum Gabo,1920

図15 "Kinetic Construction (Standing Wave)"Naum Gabo,1920


 数理モデルの多くは19世紀末から20世紀初頭に主にドイツのハーレ社とマルチン・シリング社によって製作された*5。1932年をもって製作中止されたことによりその精緻なモデルは世界的に有力ないくつかの数理学研究機関だけが所有・保管し現在にいたっている。ロンドンでは科学博物館が所有し彫刻家ヘンリー・ムーアに影響を与えたとされる。パリではアンリ・ポワンカレ研究所にあったものをマックス・エルンストが発見し、フランスの美術雑誌『カイエ・ダール』の編集長クリスチャン・ゼルボスの薦めでマン・レイが撮影している。また前述のナウム・ガボも数理モデルを参照し作品制作にあたったとされる*6。数理モデルは当時の先進的数学の研究の成果を可視化したものであり、数学を根拠にしていることによってその始源は言うまでも無く紀元前のユークリッド原論にたどり着く。それらは2000年を越える数学の歴史の中で、その本来的な目的を越えて紡ぎ出された美しい形態なのである。
 これら3つの参照された分野は数理学が先鞭をつけ、建築、モダンアートの分野はその恩恵を得てきたと言える。一方、数式を可視化することを数理学者が望んだことは間違いなく、またそこから新たな世界が拡張されたことも事実である。これらの「歴史的コンテクスト」に対する関わりによって作品「CC1」は時間的、地理的広がりを保有することが目論まれた。



まとめ

 「CC1」はコンペティションの与条件に対する解答と複数の参照の上にデザインされた。その結果、複数のコンテクストとの関わりの中に存在する。コンテクストは各々「地理的」「都市的」「歴史的」「文化的」な広がりを持つように設定され参照の選択を行った。一見散逸したアイデアに見えるそれらが、ひとつの作品の中に収斂することによって鑑賞者を多義的な読解や連想に誘うことを目指している。「CC1」は線織面を駆使して字義通りの「構成された洞窟」を鑑賞者に知覚・体験してもらうための空間である。それは固有のデザインであると同時に線織面を巡る多様なコンテクストを再生産するための装置なのである。

注・引用文献

*1―
会期2007年10月6日(土)〜11月25日(日)神戸市の中心部港湾地域にあるメリケンパークを会場に、輸送用ドライコンテナを展示空間として現代アートから伝統芸術、伝統文化、デザイン、ファッションなど、多様な芸術文化を発信する美術展。
*2―
「曲面」は「線織面」と「複曲面」に分類される。「線織面」は母線が直線で形成される。一方「複曲面」は母線も導線も曲線で形成される。
*3―
コンテクスチュアリズムに関する解説・分類は、秋元馨 [現代建築のコンテクスチュアリズム入門] 彰国社、2002年、に詳しい。
*4―
フィリップス館に関する解説は、佐々木宏 [ル・コルビュジェ 建築・家具・人間・旅の全記録] エクスナレッジ、2002年、p.196-p.205に詳しい。
*5―
数理モデルについての解説は以下の文献による。書籍と合わせてweb上に公開されている。河野俊丈 [学問のアルケオロジー 学問の過去・現在・未来〈第1部〉] 東京大学、1997年、http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/1997Archaeology/index.html
*6―
数理モデルと美術家の関係についての記述は以下の文献による。書籍と合わせてweb上に公開されている。池水美都、増田智仁 [真贋のはざま―デュシャンから遺伝子まで] 東京大学総合研究博物館、2001年、http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2001Hazama/

図版出典:
図1、2、3、4、5、6)久冨敏明作図、撮影
図7)神戸ビエンナーレ2007基本計画 [2.会場計画] 2006年、神戸市役所ホームページより http://www.city.kobe.jp/cityoffice/17/040/biennale/kb/index.html
図8)Richard Meier [Museum fur Kunsthandwerk Frankfurt am Main 1985]  Phaidon,1992, p.13
図9)Peter Wilson [Munster City Library]  EL croquis 67,1994, p.53
図10)Arata Isozaki [Arata Isozaki Architektur 1960-1990] Deutsche Verlags-Anstalt,1991, p.157
図11、12、13)八束はじめ [ロシア・アヴァンギャルド建築] INAX叢書、1993、p.158,p.159,p161
図14) [ル・コルビュジェ 1996-1997] 毎日新聞社、1996、p.282
図15)Steven A.Nash and Jorn Merkert [Naum Gabo Sixty Years of Constructivism] Prestel-Verlag,1985, p.205
図16)Bauhaus-Archivs  [FOTOGRAFIE AM BAUHAUS] Dirk Nishen,1990, p.146

 


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