1 研究対象地および調査方法

 人間は迷い、悩む。そんなときにココロに対立するもうひとつの人格を設定し、対話を試みるということは誰にでもあることだろう。心理学者によれば、ココロには無意識という領域があり、そこには人類に共通するイメージが存在すると読んだことがある。多重人格者ともなると突然人格が交代し、肉体を支配してしまうらしい。私自身は心理的には比較的シンプルな状態が続いているようだが、青年の頃にはそれなりにあれこれと揺れ動いた記憶がないわけではない。そういった一時的な喜怒哀楽といった感情とは異なる「ココロの構造」とでも呼べそうなものに興味がある。私の制作している作品のテーマを誰かに訊ねられたときにはきちんとした回答をするかはともかくとして、ココロのカタチという言葉が、左脳だかココロだかに浮かんでいるのは確かである。単に条件反射になっているのかもしれないなどという厳密なところはともかく、私のキャラクターデザインは、単に奇抜さを狙っているわけではないということを主張したい。
 具体的な例として2000年制作のHypokeimenonに登場するDual Headsを解説する。このクリーチャーは女性と男性が互いの後頭部を鋭い爪でつかみ合う形となっている。8本の足は共有していて、肉体はひとつ。それにも関わらず互いの後頭部にある存在には気付いていないのである。私は、このキャラクターが意識と無意識、多重人格などといったことに代表される多層的なココロの構造を象徴的に表現し得るのではないかと考え、その形態的特長からストーリーを構築することを試みた。
 DualHeadsを主体とするストーリーをつくるには、これを窮地に追い込むような対立する存在が必要である。これを図4のArmydoroidとした。彼は、地下鉄を中心とした領域に生息するDual headを駆逐するために用意されたアンドロイドである。その制御は、人工培養されたクローンの頭部が行っている。そして、彼の持つ武器は、銃ではなく、頭部から生えた長い腕の先端に取り付けられたビデオカメラとその映像を写し出すモニターなのである。Armydoroidは、Dual Headsを追い詰め、女性面にモニターを向け、彼女の背後に存在する醜悪な男の顔を映し出す。女性面はこの存在を知ることになり、その衝撃で死に追いやられてしまう。
 展開そのものは極めて単純なものであるが、プロセスに重要な点がある。例えば、Armyandroidの武器を通常の銃器に置き換えた場合を考えてみよう。Dual Headは追いかけられた挙句に撃ち殺される。火花と煙が立ちこめ迫力あるカットになるかもしれないが、別に殺される者がDual Headsである必要は無くなってしまう。どんな化け物でも同じようにやっつけられる単なる敵役だ。退治するという結末は同じでも、銃で撃つのと合わせ鏡で正体を暴くのでは大きく意味が異なる。銃で撃ったのでは、「力の強い者がそれより弱いものを滅ぼす」という弱肉強食の論理を肯定することになり、それが、この作品の主張になってしまう。それでは何のために作品を作っているのかわからない。確かに、このケースが現実であれば「退治するなら、銃殺するほうが合理的」なのかもしれないが、それでは文字通りお話にならないのである。暴力に頼らない別な方法を示すことが作品の意義ではないだろうか?この作品を制作した頃には自分自身気付いていなかった部分もあるが、結末よりもプロセスが重要であることを学んだ。
 また、Dual Headsで無ければこの展開にはならないということに気付いたとき、カタチとハナシが密接に関わっていることがわかる。この作品の評価、成否はともかくとして、現在に続く方向性を最初に実現したという点においてHypokeimenonは、私にとって重要な作品なのである。


図2・3 Dual Heads 美しい女と醜悪な男が表裏一体のクリーチャー。ひとつの肉体を有しながらお互いの存在を知らない。内面に二つの人格を有しているココロの状態を表現し得ると考えた。

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WINDOWS MEDIA START図2・3
Dual Heads 美しい女と醜悪な男が表裏一体のクリーチャー。ひとつの肉体を有しながらお互いの存在を知らない。内面に二つの人格を有しているココロの状態を表現し得ると考えた。


図4 Army Android DualHeadsを駆逐するために存在する。その方法はビデオとモニターによる合わせ鏡効果。

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図4
Army Android DualHeadsを駆逐するために存在する。その方法はビデオとモニターによる合わせ鏡効果。

 もうひとつ例を挙げる。2002年制作のMEKARATEに登場するMotherdoroid(図5)は、上半身は胎児を身ごもった女性の形態をしている。腹は透明なカプセルになっていて、そこには逆さまに男の顔が見える。実はこの男がこのキャラクターの主体であり、自らの願望を母親という装置の右腕から放ち、実現しようとするのである。つまり、マザーコンプレックスの男性の心性を表現している。他者に依存するあまり自分では何もできなくなってしまった愚か者。
ストーリーの中では、社会的に追い詰められた主人公の男性が、眠りの中で深い自我に到達し、自分を縛り付けている抑圧からの解放を自らが操るMotherdoroidが放つMEKARATEで実現しようとする。現実世界に戻った主人公は反社会的な人格を獲得し、自らが欲望亡者MEKARATEに変身してしまう。簡単に言ってしまうと自暴自棄にいたるまでのプロセスをわざわざ映像にした作品である。


図5 MEKARATEのシーンの中でのMotherdoroid。腹部から意志を伝え、妄想を右腕から実現化する。それが怪物の姿になり、主人公の良識を破壊する。

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MEKARATEのシーンの中でのMotherdoroid。腹部から意志を伝え、妄想を右腕から実現化する。それが怪物の姿になり、主人公の良識を破壊する。

図6 制作プロセスでのMotherdoroidのスケッチ。この図では、操縦するのは幼児で逆子。

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図6
制作プロセスでのMotherdoroidのスケッチ。この図では、操縦するのは幼児で逆子。

図7 主人公は劇中、椅子に縛られたまま、一歩も歩かない。図は、反社会的存在へと変貌したあとの主人公。

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図7
主人公は劇中、椅子に縛られたまま、一歩も歩かない。図は、反社会的存在へと変貌したあとの主人公。



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