3 シーンスケッチのデザイン教育への導入

3−1 実習での取り組み
 学生達にとってコース分け後の最初の実習となるプロダクトデザイン計画実習では、基本的なスケッチテクニックの習得を目標としており、ここでまずシーンスケッチの技法の説明と実演(写真5)を行い、学生達はシーンスケッチの技法習得に取り組んだ。なお、このタイミングでハードウェアのラフスケッチのテクニック習得にも取り組んでおり、作業の流れとしては、最初にハードウェアのスケッチ練習として簡単な携帯端末の外観デザインの描写に取組み、次に、その携帯端末をユーザーが使っているシーンについて、状況や使い方や役立ち方を交えて描くという順序で課題とした。
 シーンスケッチは、基本的にはユーザーとアイテムの関係と、その周囲の環境を描くが、その表現のレッスンの段階にて習得すべき要点は、以下の6点とした。

ユーザーを取り巻く環境
周囲の環境については、昼間なのか夜間なのか、屋外か屋内かなどを明確に。
ユーザーの属性
ユーザーについては、人数と、性別・年齢・職業などいわゆる属性を明らかにし、必要な場合は姿勢や動作を表現する。
ユーザーとアイテムとの関係性
ユーザーとアイテムの関係については、まず、そのアイテムが公共のものか個人のものなのかを明らかにする。そして使用の状況について、設置されているのか或いは持ち運ぶものもしくは身体に装着するものなのかなどを表現する。
使用の目的
どういう目的で使用しているのかを明らかにする。仕事なのか、スポーツなのか、家事なのか趣味なのかなど。
操作の方法
どのように操作するのかを明らかにする。操作パネルやボタンを使うのか、或いはGUIなのか音声認識なのかなど。
ユーティリティの性質
ユーザーにとって、そのアイテムがどのようなユーティリティを提供しているのかが分かるように描く。便利さなのか楽しさなのかなど。
 あと、描画テクニックとしては、人物の描き方は、漫画やアニメのようなリアルさ或いはデフォルメなどの凝った表眼は不要である。むしろ簡略に描くことがポイントであり、性別や年齢層や職業などが伝わりさえすれば、スティックパーソンやシルエットで表現してもなんら差し支えない。他に表現すべき内容(ユーティリティについての表現)を強調するためにも、その方が好都合である。
 こうして2年後期の時点で、シーンスケッチの表現スキルの習得を促し、一連のデザインプロセスの中にシーン表現を組み入れることについての意識付けを行った。

 ITデザイン実習IAでは、「次世代の自動販売機」の構想を課題とし、学生の各自が「あったらいいな」と思える自動販売機のデザインを構想し具体化していくデザインプロセスの初期段階にて、展開したアイデアをシーンスケッチで表現することとした。 
 学生各自は、市場・ハードウェア・文献などの調査を経てアイデアワークに入り、まず、ランダムにアイデアを展開し10案をシーンスケッチで表現することに取り組んだ。アイデアの評価には、自動販売機を担当している現役のインハウスデザイナー2名を招聘し検討会(写真6)を実施、学生個々にアイデア深化の方向性を絞り込んだ。次のステップとしては、選択したアイデアの深掘りのためのアイデア10案を展開し、同様にシーンスケッチで描き、その検討を経てアイデアを具体化することに進む。以降の作業としては、ユーティリティのアイデアが自動販売機の外観形状に由来するのか、或いはシステムやサービスなのか、アプリケーションなのか操作性なのかによって、具体的なデザイン成果物を外観形状のスケッチ・操作部を含むGUIの画面デザイン・システムやサービスの概念図などに振り分け、さらに、それぞれの自動販売機における商品購入のプロセスをシナリオ表現することと設定した。
 このように、3年前期の時点では、実際のデザインワークの中でシーンスケッチを行う実地の経験と、それを用いたプレゼンテーションを習得することを目的とした。中でも、アイデアのプレゼンテーションは非常に重要なステップであり、説明が難しいユーティリティのアイデアを、シーンスケッチを用いて説明することによる実効を、現役デザイナーに対して行うことを通じて実感させることが肝要である。

写真5 シーンスケッチ 描画の実演

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写真5 シーンスケッチ 描画の実演

写真6 学生によるシーンスケッチを用いたアイデア発表

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写真6 学生によるシーンスケッチを用いたアイデア発表



3−2 教育手法としての要点

今回の研究活動にて、ユーティリティのデザイン教育のための要点抽出に取り組んだ内容として、以下を明文化しておきたい。


3−2−1 課題設定の指標
 学生達にとって、実習の課題として新たなユーティリティを発想するためには、普段から経験しやすく問題点を見つけやすいプロダクトを対象とすることがポイントであると考えたい。日常生活の中で当たり前のように接する機器であること、つまり、既に把握が済んでいる機器の方が、ユーティリティを発想するには有利であろう。ただし、例えばドライヤーなどの単純な機能の機器では、ユーティリティをテーマとする実習課題では扱いづらい。多様なユーティリティへの展開を導くには、社会的な背景や新たなデザインコンセプトへの対応を期待できる対象を選定することは外せない。ちなみに、今回の実習課題に自動販売機を選んだのは、24時間社会の進展と労働人口の減少による自動販売機普及の加速といった社会背景と、ユニバーサルデザインの観点からの貨幣・紙幣の投入や商品の取り出しやすさなどに関する改善、さらに自動販売機周辺の環境への配慮や使用済みボトルや空き缶のリサイクル問題、内部の衛生面や盗難防止など、多様なデザイン視点を有することが理由である。こうした社会背景やデザイン要素を備えていればどのような機器でもデザイン対象として選ぶことは可能だが、逆に、機器自体について学習しなければならない様な縁遠い機器では、なかなかユーティリティの発想に結びつきにくい。その点で、身近な存在である自動販売機は、こうした実習課題に好都合なデザイン対象であろう。


3−2−2 デザイン意図の明確化
 現時点では、ユーティリティをアイデア表現することに決定的な手法が構築されているとは言えず、とりわけ難しいのは、新たなユーティリティの価値を説明し共感を導くことである。ただ、ユーティリティが、人が機器やシステムやサービスに対して感じる価値である以上、その状況と、それを享受しているユーザーの姿をつぶさに描くことができれば、そのスケッチを見る者は、描かれたユーザー像に対し感情移入が出来るか否かを判断することが出来るはずだ。或いは描かれたユーザーの姿が、スケッチを見る者にとって自身の志向や特性とは異なろうとも、そのユーザー像に思いを馳せ、こういうユーザーならばこのユーティリティは喜ばれるはずだ、といった共感を導くことも出来るだろう。
 デザイン意図を確実に伝えるためには、シーンを表現する際に、プレゼンテーションする相手に感情移入や共感を導くために描く、という明らかな意思が必要だと言えよう。


3−2−3 指導の心得として
 デザインワークに必要な表現テクニックを学生達に伝えるためには、何よりもまず実演してみせることが必要だ。実演することによって、画材の扱い方や描き方の手順、レイアウトと説明文の入れ方、そしてユーザー像やアイテムの表現における簡略化と強調の用い方などを、実感を伴って伝えることが出来る。また、実際のデザインワークの中でシーンスケッチがどのように活用されているのか、その事例をひもとくことも必要である。


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