2 ユーザビリティの表現

2−1 デザインプロセスについて

 現在、それぞれのメーカー特有のローカルルールにより細部に少々の差異はあるものの、モノ作りプロセスの機軸としては前述したISOが推奨する人間中心設計のプロセスモデル(図1)が取り入れられており、インダストリアルデザインのプロセスも、それに基づいて計画されることが一般的である。図1に示すプロセスをデザイン職能にあてはめると図2のように示すことができる。まずは調査を経てデザイン課題を明確化する。そこから着地目標となるデザインコンセプトを立案し、それを実現するためのアイデアを様々に展開する。アイデア展開の段階から、サムネイルスケッチ・ラフスケッチ・発泡ウレタンなどを用いた立体イメージを確認するためのモックアップモデルなどで簡単な表現を行いつつ取り組みを進めていき、有望なアイデアの抽出を経て、手描きもしくは2D・3DのCGによるレンダリング、サイズやディテールにまで外観仕様を反映させたプロトタイプモデルによる具体的な表現を行う。評価検証は、主に、技術試作品あるいは外観デザインを反映させた最終試作品を用いて行うこととなる。

図1 ISOが推奨する人間中心設計のプロセスモデル

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図1 ISOが推奨する人間中心設計のプロセスモデル

図2 図1をデザインワークに当てはめたプロセスモデル

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図2 図1をデザインワークに当てはめたプロセスモデル



2−2 ユーティリティの表現手法について


 前述した一連のデザインプロセスにおいて、ユーティリティの表現は以下の三つの形式を取ることが多い。それらは「シーンスケッチ」と「ソフトウェアのデモンストレーションモデル」と「メッセージムービー」である。
 「シーンスケッチ」は主にアイデア展開の時点で行われ、アイデアのバリエーションを広げることを目的とする段階にて有効な表現手法だと言える。「ソフトウェアのデモモデル」については、本報告では、新たに提案するソフトウェアのGUI(Graphical User Interface)部分のみを、フラッシュやディレクターといったアニメーション作成用ソフトウェアを使って制作したものと位置づけたい。ユーザーインタフェースのデザインワークでは、このデモソフトが、ハードウェアデザインにおけるプロトタイプモデルと同様の位置づけに相当する。なお、アニメーション作成用ソフトの機能を用いて具体的な操作の仕様を反映させたデモソフトは、ユーザビリティテストにも用いられ操作性の問題点抽出と評価検証に用いられる。
 ただし、数値に置き換えることができるユーザビリティの評価項目とは異なり、ユーティリティはユーザビリティテストで評価検証できる性質のものではない。役立ち方や楽しみ方というのは、あくまで実際の現場で使ってみてはじめて実感できるものであって、そこが操作性の評価検証と大きく異なる要素であり、ユーティリティは、極論すれば、ユーザーエクスペリエンス(ユーザーがある機器・ソフトウェア・システムを使った際の経験や得られる満足感など、一連の操作を含めたインタラクションの全体像を意味する。特に、インタラクションデザインにおける最も重要なデザインコンセプトである)次第なのだと言える。
 「メッセージムービー」は、多くの企業がコーポレートメッセージの伝達のために作成する5〜10分程度の映像である。制作の主体は宣伝部門や広報部門であることが多く、その制作スタッフとしてデザイナーが参画することが多い。大抵の作品は、10年ほど先の未来を舞台に、在るべき(その企業が目指すべき)未来を、用いられているであろう機器やソフトウェアやサービスやコンテンツを登場させ、それらがどのように用いられ、どのように役立ち或いは楽しみを提供しているかを描くことで、企業としてのモノ作りの方向性やポリシー、提案するライフスタイルや生活価値を伝えるために作成される。この制作のために必要なデザイナーのスキルとしては、映像作品に登場する機器やソフトウェアやサービスのユーティリティとユーザーインタフェースのアイデアが求められる。詳しくは、論文「企業イメージ伝達のための映像コンテンツに登場するユーザーインタフェースの表現に関する考察」(2005 向井 http://kiyou.kobe-du.ac.jp/05/thesis/06-01.html)を参照頂きたい。
 本研究に際しては、これらの表現手法の中から、これからのインダストリアルデザイナーが身につけるべき実践的なスキルとしてシーンスケッチの技法習得を実習カリキュラムに取り入れ、教育手法として必要な要素の抽出に取り組むこととした。ソフトウェアのデモモデルは、その制作自体は外部の専門的な事務所に委託することも多く、その場合に必要なのは、提案すべきユーティリティを具体的に表現できるようにデモソフトのシナリオを構築し、画面構成やグラフィックテイストと、全体もしくはパーツ(アイコンなど)のモーションをデザインすることであり、それを事務所側に伝えモデルの制作をコントロールするための「絵コンテ」を作成する能力である。もちろん、フラッシュなどを駆使してデザイナーがデモモデルを自作する場合も、初めにありきはシナリオと絵コンテである。またメッセージムービーの制作にデザイナーが参画する場合にも、デザイン職能から提示するのは、多くの場合シーンスケッチである。シーンスケッチはユーティリティ開発の起点となりうる作業であり、その表現手法を身につける事を、まずは重視したい。


2−3 シーンスケッチについて

 シーンスケッチは、新たに発想したハードウェア・ソフトウェア・システム・サービスの役立ち方あるいは楽しみ方、そしてその使い方と、対象となるターゲットユーザー像や使用状況および周囲の環境などを表現する。インダストリアルデザイナーが描くスケッチとしてまず思い浮かぶのはスタイリングの表現(写真1・写真2)であるが、ユーティリティの表現のために備えるべきスキルは、むしろ人とモノとの関係性や用いられる状況を描く能力なのである。通常は、スケッチ用紙にフェルトペンなどを用いて描いた線画(写真3・写真4)である場合が多い。シーンスケッチは、インタラクションの全体像を意識して描かれることから、見るものの理解や共感を得やすいと言う特質があり、デザインの現場のみならず、例えば企画・技術・営業など様々な部門の提案書や、各種の展示会などで用いられるパネルやパンフレットにも、また行政に設置される各種の審議会の答申書などにも用いられている。特に、最終的な提案書やパネルや答申書には、プロのイラストレーターに依頼したかのような表現精度の高いシーンイラストが用いられることも多い。

写真1 スタイリングのアイデアスケッチ 作例1

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写真1 スタイリングのアイデアスケッチ 作例1

写真2 スタイリングのアイデアスケッチ 作例2

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写真2 スタイリングのアイデアスケッチ 作例2


写真3 シーンスケッチ 作例1

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写真3 シーンスケッチ 作例1

写真4 シーンスケッチ 作例2

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写真4 シーンスケッチ 作例2



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