2−2.ファッション/都市/建築

 一方この論考は、環境としてのファッションをテーマにしたものである。そこで、ファッションと建築が身体と出会う場として、都市というステージを設定することを提案したい。言うまでも無く建築は固有の都市、場所に建設されるものであり、ファッションもまたパリ、ミラノ等コレクションの都市により語られるものである。そして都市とはその時代の文化の堆積であり、21世紀のファッション環境を研究するのに必須の背景である。
 そこで本論ではニューヨークにおけるファッション、アート、建築の現在に焦点を絞って分析することにする。ニューヨークを現代文化のケーススタディの場に選ぶのに異論はあるまい。

ソーホー
 ファッションブランドとて店舗を持つ以上、これまでも建物を使用してきた。しかし、近年ファッションと建築との関係がこれほどまでに注目されるようになって来たのは、建築家のデザインを自らのブランドイメージの表現に利用するファッションデザイナーが多くなったからであろう。その筆頭がプラダのミウチャ・プラダであり、その最初のプロジェクトが建築家レム・コールハースの手によるソーホー店である。「建築家とはサーファーである」とは彼の言葉である。つまり、どれだけ良い波を捕らえて乗りこなせるかということである。こう聞くと軽佻なマーケット・ウォッチャーのように聞こえるが、コールハースは現在、最も戦略的な建築家である。建築を自律した一個の造形物と見るのではなく、政治や市場のダイナミズムの波の中で作品を構想する。プラダ建築に際しても分厚い冊子を出版し、教鞭をとるハーバード大学ではショッピングと都市に関する研究をまとめている。
 コールハースの建築デザインに関して追及する紙幅はないので先へ進むが、ここで象徴的なのはその敷地である。グッゲンハイム美術館の分館跡地に建てられたのだ。ほんの10年ほど前まで、ニューヨークのアートシーンの中心はソーホーであり、レオ・キャステリやメアリー・ブーン等のそうそうたるギャラリーが軒を連ねていた。そもそもソーホー自体、グリニッチビレッジの地価急騰から移住したアーティストによって発展していったのだが、今度はその文化的雰囲気に惹かれた商業資本の参入によりアーティストは再度、街を追われたのだ。今では老舗高級デパートのブルーミングデールズすら進出してきている。もっともグッゲンハイム自身の資本力はそれほどの弱体ではなく、むしろ経営上の判断でアートの街ではなくなったソーホーを見切ったといえる。美術館自体、作品を商品として集客する施設に変容した。ニューヨークのもう一つの主要美術館、MoMAはミュージアムグッズのみを販売するショップをソーホーに出店している。

チェルシー
 こうして次代のアートの中心地となったのがチェルシーである。1994年のマシュー・マークス・ギャラリーを先陣にガゴーシアン・ギャラリーや今やスーパースターとなったマシュー・バーニーを擁するバーバラ・グラッドストーン・ギャラリーなどが集結する。かつてバスキアを売り出した前述のメアリー・ブーンもチェルシーにギャラリーを構えるにいたった。
 こうしたチェルシーにいち早く店舗を設けたのが、川久保玲のコム・デ・ギャルソンである。98年にはフューチャー・システムズ設計ならではのSF的なエントランス・チューブが特徴のショップが出来る。フューチャー・システムズは現在の青山店のファサードもデザインしている建築家である。もともと川久保はアートや建築に目配りを欠かさないデザイナーであり、以前の青山店でもダニエル・ビュレン等のアートティストのインスタレーションを展示していた。2005年には、日本ではほとんど無名であったベルギーの建築家、ヤン・デ・コックによる店舗を出店。デ・コックはロンドンのテート・モダン(プラダ青山の建築家、ヘルツォーク&ド・ムーロン設計)で個展を開くなど注目を浴びつつある。また95年には今は無きソーホー店において、前述のピーター・アイゼンマンによるインスタレーションを展示していたのも重要な事実として記録されるべきである。
 ところで、ニューヨークの中でもチェルシーにギャラリーが移動した背景には、87年から居を構えるDiaの存在が見逃せない。Dia芸術財団は設立から現在までに幾度かの変遷を経てはいるが、ドナルド・ジャッドのマーファのプロジェクトやウォルター・デ・マリアのライトニング・フィールドなどの、いわば恒久型のインスタレーションを得意とする。そのDiaのアートセンターを手掛けた建築家がリチャード・グルックマンである。グルックマンは美術館を本領とする建築家で、チェルシーでも他にポーラ・クーパー・ギャラリーがある。ピッツバーグのウォーホール美術館、ベルリンのグッゲンハイム、東京の森アートセンターも彼の手による。ニューヨークのカルバン・クラインはグルックマンの設計であるが、電光掲示板を用いたジェニー・ホルツァーのメッセージアートが取り入れられている。そこではもはやファッションとアートは等価な商品である。ファッションショップは美術作品を展示することでブランドのアート性を訴え、美術館はファッショナブルなミュージアムグッズの販売で収益を補う。

ミュージアムマイル
 5番街、アッパー・イースト・サイドはメトロポリタン始め主要な美術館が連なるため、ミュージアムマイルと呼ばれる。フランク・ロイド・ライト設計のスパイラル状のギャラリーが有名な前述のグッゲンハイム美術館のニューヨーク本館もその中にある。このソロモン・R.グッゲンハイム財団こそ、美術をエンターテイメント商品として世界中にフランチャイズ展開する、いわば美術界のディズニーランドとでも呼ぶにふさわしい。
 先にファッションとアートのボーダレス化に触れたが、こうなると逆に美術品としての衣服の展示という側面も考えなくてはならない。もちろんデザインの一ジャンルとして展覧会に衣服が展示されるのは多々あるが、ここでは美術館という権威を利用してファッションのアート性を獲得した例を取り上げる。かつてマルセル・デュシャンが泉と題して男性用便器を出展し、美術館に展示されるから美術品なのかと問いかけたのとは逆の手法と言える。
 この美の神殿、美術館と言う制度を利用したのが、帝王ジョルジオ・アルマーニである。2001年から巡回が始まったアルマーニ展は、圧倒的な観客を動員し、ニューヨーク展では1日当りの入館者数でその年の世界8位となる(1位はメトロポリタン美術館のフェルメール展)。アルマーニが選んだ美術館がニューヨークではグッゲンハイム、ベルリンではミース・ファン・デル・ローエのナショナル・ギャラリーである。20世紀近代建築の2巨匠の美術館を征服することで、アルマーニ帝国の力をまざまざと見せつけたのだ。


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