6|あとがき

 日本の戦後のニュータウンの建設は、1958年の大阪・千里ニュータウンから始まった。以降、名古屋・高蔵寺ニュータウン(1961年)、茨城・筑波研究学園都市(1963年)、東京・多摩ニュータウン(1965年)、横浜・港北ニュータウン(1974年)などが開発されてきたが、日本のニュータウンは、50年にも満たずして衰退が始まってしまったのである。
 ここで、「オールドタウン」と化した日本のニュータウンに5つの問いを投げかけたい。1.住まいは時代の変化に耐え得たか。2.住宅生産の量的評価だけでなく、住まいの質や価値を維持するためのスキームがあったか。3.住宅地の風土性・固有性を読み取った、住まいのプランニングやデザインがなされていたか。4.隣接する既存コミュニティとの連携があったか。5.住まいに自力型の再生プログラムがあったか。
 一方で、ファーストガーデンシティ「レッチワース」はまちびらきから100年をかけて開発が行われてきた。しかし、レッチワースも一貫して順調に発展してきた訳ではない。戦前の大恐慌や戦後のニュータウン政策に影響された住宅の質の低下、1970年から80年代のアメリカンスタイルの住宅の林立による固有性の喪失、タウンセンターの衰退など、今日の日本のオールドタウンと同様の問題に直面してきた。だが、レッチワースはその都度修正を繰り返しながら、今日まで生きつづけ、更なる質の向上を目指している。ハワードの「田園都市思想」に基づいて生み出された、初期のレッチワースの質や固有性が、「ガーデンシティ」の目標となり、評価されることによって、修正を可能としたのである。
 これからのまちづくりにはこのような「質や固有性を創出する仕組み」「修正可能な仕組み」が求められている。また、人口減少期を迎えた今、既存の日本のニュータウンの中でも、このような仕組みと価値を自ら創生する地域だけが選別され、生き残っていくであろう。

謝辞

 「ガーデンシティ舞多聞」が独立行政法人 都市再生機構西日本支社と業務担当者の方々、そして舞多聞倶楽部会員の皆さん(会員数約1647名、2007年6月現在)の多大なる理解と協力の下に進められてきたことをここに記します。
 また、レッチワース財団理事長のスチュアート・ケニー氏、ウェストミンスター大学副学長のマウリッツ・ヴァン・ロイヤン氏、オックスフォード・ブルックス大学教授のステファン・ウォード氏からの、本プロジェクトに対する助言や激励に対しても、この場を借りて感謝の意を述べたいと思います。

[注、引用文献]
財団法人 住宅生産振興財団:家とまちなみ45、2002
蓑原敬:成熟のための都市再生 人口減少時代のまちづくり、学芸出版社、2003
齊木崇人、ロバート・フリーストーン、マウリッツ・ヴァン・ロイヤン編:New Garden City of the 21st Century?、神戸芸術工科大学、2002
神戸芸術工科大学編:環境デザインへの招待、2004
齊木崇人:21世紀における郊外居住のまちづくりと住まいづくりの再生目標、住宅 平成16年6月号、社団法人 日本住宅協会、2004
齊木崇人:新しい郊外居住のかたち 神戸 ガーデンシティ「舞多聞」みついけプロジェクトの取り組み、住まいと電化 2005年4月号、日本工業出版、2005
齊木崇人:少子高齢化社会におけるまちづくりの提案、区画整理 2005年3月号、社団法人 日本土地区画整理協会、2005
齊木崇人他:新・田園都市の実験−神戸「ガーデンシティ舞多聞」みついけプロジェクト、神戸芸術工科大学紀要「芸術工学2004」、神戸芸術工科大学、2005
齊木崇人他:神戸「ガーデンシティ舞多聞」みついけプロジェクト−コミュニティづくり、住まいづくり、ルールづくり、神戸芸術工科大学紀要「芸術工学2005」、神戸芸術工科大学、2006
齊木崇人他:神戸「ガーデンシティ舞多聞」みついけプロジェクト2−住まいづくり、ルールづくり、ネットワークづくり、神戸芸術工科大学紀要「芸術工学2006」、神戸芸術工科大学、2007
柳沢厚他編著:自治体都市計画の最前線、学芸出版社、2007
石田頼房:日本現代都市計画の展開、自治体研究社、2004

[研究協力者]
山形晃大
周  丹
姜燕
木下怜子
任亜鵬
李文静
柳川翔太
岩田谷由香
佐伯法積



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