2 場所のイメージをめぐる映像上映会の試み

 都市域内に広大な緑地空間を有するヨーロッパ諸国に比べて、日本における都市域内の緑地空間は約1/10と極めて少ない状況にある。しかも、その大部分が自然との接触が少ない広場や、運動場などのグラウンド型に偏ることから*2、現時点で残された自然性の高い緑地空間の保全・活用は重要な課題といえる。
 本報告の対象地である御前浜は、冒頭でも触れたように阪神間に残る希少な自然海浜として、近隣に居住する都市住民や、海岸性の野生動植物にとっても希少な環境といえる。
 本節では、海浜環境を活用した散策プログラムによる参加者のリラクゼーション効果の測定と、好まれる場所に関する調査結果を基に、今後の保全・活用の方向性を検討した。


3−1 調査方法・分析方法


 単なる散策よりは、御前浜に残る自然要素との関係性を意識してもらうために、対象地の樹木や草本類の分布特性に関するレクチャーを行なった上で、海浜内で好ましい場所を探索する約1時間程度の海浜浴プログラムを2005年10月16日に企画・実施した。その前後における参加者の心理状態をPOMS短縮版*3を用いて測定した。POMS(Profile of Mood States)は、気分を評価する質問紙法の一つとしてMcNairらにより米国で開発され、対象者がおかれた条件により変化する一時的な気分、感情の状態を測定できる特徴を有している。今回、使用したPOMS短縮版は、65項目版と同様の測定結果を提供しながらも、項目数を30項目と大幅に削減したことで、対象者の負担感を軽減し、リラクゼーション効果などの短時間で変化する介入前後の気分、感情の変化を測定に適したものである。
 POMS短縮版では大規模な集団における標準化が行われており、今回の被験者が回答した6つの気分尺度ごとの合計値である素得点も、それぞれ性年齢階級別の付表をもとに標準化得点「T得点=50+10×(素得点-平均値)/標準偏差」へと換算して平均値の図化ならびに統計処理による分析を行った。このT得点を算出すると気分のプロフィールを視覚的に表現することが可能となり、一般的に健康な被験者では上に尖った氷山型(iceberg profile)となり、抑うつ患者などでは逆に谷型(valley profile)のパターンを示す。
 また海浜浴効果と関連する好ましい空間条件を把握するために、航空写真上への好ましい場所のプロットと、その理由に関するアンケート調査も合わせておこなった。


図12 御前浜海浜浴プログラム前後の心理変化 (従属2標本のt検定:*<0.05) 海浜浴プログラムに参加した被験者(女性5名、男性6名、合計11名)が回答した素得点を標準化したT得点の平均値を図化したもの。*がある項目は従属2標本のt検定により統計的に有意な差があることを示す。 POMS短終版は、1.緊張-不安:緊張および不安感、2.抑うつ-落込み:自信喪失感を伴った抑うつ感、3.怒り-敵意:怒りと敵意、4.活気:元気さ、躍動感ないし活力、5.疲労:意欲や活力の低下・疲労感、6.混乱:思考力の低下・当惑という6つの尺度で気分の測定が可能。得点が高いほど緊張、抑うつ、怒り、疲労、混乱などのストレスが高いことを示すが、活気だけは得点が高いほど活気が高いポジティブな精神状態といえる。

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図12 御前浜海浜浴プログラム前後の心理変化 (従属2標本のt検定:*<0.05)
海浜浴プログラムに参加した被験者(女性5名、男性6名、合計11名)が回答した素得点を標準化したT得点の平均値を図化したもの。*がある項目は従属2標本のt検定により前後の心理状態に統計的に有意な差があることを示す。
POMS短終版は、1.緊張-不安:緊張および不安感、2.抑うつ-落込み:自信喪失感を伴った抑うつ感、3.怒り-敵意:怒りと敵意、4.活気:元気さ、躍動感ないし活力、5.疲労:意欲や活力の低下・疲労感、6.混乱:思考力の低下・当惑という6つの尺度で気分の測定が可能。得点が高いほど緊張、抑うつ、怒り、疲労、混乱などのストレスが高いことを示すが、活気だけは得点が高いほどポジティブな精神状態といえる。

3−2 結果

a)海浜浴のリラクゼーション効果
 図12は海浜浴プログラム前後の参加者11名のPOMS短縮版得点(T得点)の平均値を図化したものである。本プログラムの趣旨に賛同し、心理テストに応じた参加者は女性5名、男性6名であり、平均年齢は48.4才(標準偏差19.1:18〜74才)であった。全体的にみて、プログラム実施前は、活気よりも抑うつ感や、疲労感、混乱(当惑)という項目が高い状態にあったのに対し、プログラム体験後は活気以外の全てのストレス項目が、有意に低下し良好な心理状態を示す「氷山型」へと変化していた。 




3−3 好まれる空間の特性


 図13は参加者が好ましいと感じた場所のプロット結果である。一般的に自然とやすらぎ感との関係性に関する既往研究では植生が草原性の場所が最も高く、次いで疎開林-空間量の多い林-が高く評価されることが明らかにされている*4
 本対象地でも参加者5名が「樹々があって落ちつく」、「白砂青松の囲われた空間」、「木陰、草地、海、山が一望できる、3つの要素を全部もっている」などを理由にクロマツによりゆるやかに囲われた空間を好ましいと回答した。

図13 御前浜における好きな場所のプロット結果「国土画像情報(カラー空中写真)閲覧機能よりベースマップとして掲載(昭和60年撮影)」

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図13 御前浜における好きな場所のプロット結果「国土画像情報(カラー空中写真)閲覧機能よりベースマップとして掲載(昭和60年撮影)」

 
  その一方で、「人が少なくてゆっくり座れる」、「海鳥、草本植物の種類が多い」「水面近くに階段があり、ゆっくり海が見渡せる」という理由で、5名の参加者が河口付近の波打ちぎわを好ましいと回答した。


写真9 マツに囲われた草地空間

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写真9 マツに囲われた草地空間

写真10 河口と波打ちぎわ

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写真10 河口と波打ちぎわ



3−4 海浜浴効果と海浜環境との関係性についてのまとめ


 本プログラムの分析から以下のことが明らかになった。
a)自然海浜における植物の分布や分類法に関するレクチャーと散策による約1時間程度の海浜浴プログラムにより、緊張、抑うつ、敵意、疲労、混乱というストレス要因がプログラム実施前と比べて統計的に有意に軽減し、心理的なリラクゼーション効果が得られる。
b)既往研究成果と同様に「草地」と「疎開林-空間量の多い林-」の組み合わせがやすらぎを感じる空間として評価される一方で、「人が少なくゆっくりできる」、「多様な生物がいる」、「水面近くの段差を利用して着座できる」などの理由で、河口付近の海岸線も評価される結果となった。
 以上の結果をふまえ、開放的な浜辺の雰囲気を壊さない程度にクロマツなどの高木を植栽配置することで、より多くの人が分散して過ごせる木陰を増やす、あるいは、自由にレイアウトできるイスの貸出しなどによって、護岸や波打ちぎわの親水性および着座性を高めることでも浜辺の魅力や、海浜浴効果をさらに高めることが期待される。
 また、「季節ごとに出現する草本の特性」、「海岸性の草本植物が限られた場所にしか残っていない」等のレクチャーを行なったことで、「植物の名前を知って浜辺の見方が変わりそう」「季節ごとの変化を意識してみるようになると思う」などの感想が聞かれた。このことから、浜辺に生育する海浜植物の分布や、飛来する野鳥類の特性に関する簡単な知識を共有してもらうことでも、浜辺環境に対する意識や、散策の楽しみが増える可能性があるといえる。



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