5 哲人ヒッピーの家

(9)タオイストらしい風情のある入口

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写真9 タオイストらしい風情のある入口

 私は、バリーの自宅に招かれた。
 CWは、7〜10世帯がひとつの区域を形成し、8区域で全体を構成している。先程述べたように1区画1200坪と広大なため、ビレッジ内をゆるゆると延びる道路からは、森のなかに時折家がみえる程度だ。
 一本道が突きあたった一番奥のブロックにバリーの家がある。彼の哲学が結晶したその家は、5つのフロア・レベルを持つ高床式住宅で、緩い傾斜をうまく利用して建てられている。内も外も白木を用いた建物は、まさに仙人の庵といった佇まいだ。(写真9)(写真10)


 セルフ・ビルドで、外壁の赤杉以外はすべての材料を地元で調達した。ドアは全部リユースのため、一つひとつデザインが異なる。電力はソーラー発電のみでまかなわれ、最下層のフロアの地下には、40万円したというバッテリーが4基備えられている。(写真11)(写真12)

(12)4基のバッテリー

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写真12 4基のバッテリー

(10)傾斜を利用した高床式住宅

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写真10 傾斜を利用した高床式住宅

(11)電力をすべてまかなうソーラーパネル

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写真11 電力をすべてまかなうソーラーパネル


 無機的な外観のバッテリーはここでは唯一異様な存在だが、エコ・システムを支える必需品だ。いま使っているものは7年目になるそうで、みると脇に以前使っていた蓄電器の残骸が積みあげられていた。(写真13)
 「環境のことを考えると、使い古したバッテリーは捨てられない。一生背負っていかなければならない廃棄物だ」
と、バリーはいう。
 バッテリーの隣にはコンポスト・システムのコンクリート製タンクがある。(写真14)バリーの家のシステムは初期型のドライ式で、埋設はされておらず、トイレ専用となっている。排泄物は、上から補充される藁や新聞紙、残飯とともにシマミミズにより分解される。バリーはタンクの下の取りだし口を開け、堆積した腐植土をだしてみせた。(写真15)きめが細かくしっとりとした粘土質の塊だが、手に取るのは少しばかりためらわれた。

(15)腐植土

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写真15 腐植土

(13)捨てられない古いバッテリー

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写真13 捨てられない古いバッテリー

(14)コンポスト・トイレのコンクリート製タンク

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写真14 コンポスト・トイレのコンクリート製タンク


 家全体の中心には、六角形のLDKがある。このフロアは中央を調理台とオーブンで仕切られ、三分の一がキッチン・スペースとなっている。(写真16)キッチンの側の壁には、一面の棚にずらりと無農薬調味料が並び、床のバスケットに、けさ自分の畑からもいできたトマトなどの野菜が入っている。(写真17)手しぼりジュースの大きなタンクがふたつ置かれ、自家製ビールの空き瓶がたくさん干してある。(写真18)調理器具が整然とかけられた壁にシンクがあり、中央の調理台と通路を挟んで向きあう。すべてのものがバリーの体格と動線を考慮し、きちんと配置されている。キッチンのもう一面の壁はガラス扉で、オープン・テラスに向け大きく開放されている。(写真19)

(18)ベランダで自家製ビールを瓶詰めする

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写真18 ベランダで自家製ビールを瓶詰めする

(16)整理の行き届いたキッチン

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写真16 整理の行き届いたキッチン

(17)朝に収穫したばかりの無農薬野菜

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写真17 朝に収穫したばかりの無農薬野菜


 フロアの残り三分の二がリビングだ。テレビの横に小さな仏像が安置され、香が焚かれている。(写真20)長椅子の後ろは窓際がベッド状になっており、壁面中央に直径1.5mほどの大きな円窓がある。(写真21)ベッドに横になり、脇の読書テーブルの分厚い世界地図を眺めるときが至福だ、とバリー。
 六角形のLDKは天井が高く、内に向かうエネルギーを強く感じる。京都六角堂を彷彿とさせるのは、バリーが京都で暮らしていたせいだろうか。六角堂は、親鸞が95日間籠もり夢のお告げを聞いたところだ。

(21)円窓が印象的なリビング

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写真21 円窓が印象的なリビング

(19)キッチンにつながるオープン・テラス

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写真19 キッチンにつながるオープン・テラス

(20)和テイストのインテリアと仏像

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写真20 和テイストのインテリアと仏像


(図1)ふたつの三角形が重なる六芒星

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図1 ふたつの三角形が重なる六芒星

 また、六角形をろくぼうせい六芒星とみると、さらに興味深い。六芒星は、上向きの三角形と下向きの三角形のふたつからなる。このうち上向きの三角形は、日常生活のなかで実践されるおこないや社会への奉仕を意味し、下向きの三角形は、瞑想の実践から得られる内なる精神的な深い気づきを表す。ふたつが重なる六芒星は、行為と心とが調和する象徴である。(図1)
 東洋哲学に心酔した初老のヒッピーが、生活の中核に定めた六角形の部屋は、緩やかな乾いた波動に満ちていた。あらゆる固定観念から解き放たれた軽やかさと、何か重大な確信ともいうべきものが剥きだしで横たわっている重厚さの、ふたつのバイブレーションが奏でる心地よいハーモニーなのかもしれない。

(22)コンポスト・トイレの便器

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写真22 コンポスト・トイレの便器

 LDKのフロアから階段を下ると、4畳ほどのトイレと洗濯のフロアにでる。便器の真下には、先ほどのコンポスト・タンクがある。(写真22)ほかには洗濯機が1台あるだけのシンプルな空間だ。床も壁も板張りで、大きな窓の外には森の木々が迫る。とびっきりの開放感。毎日こんなところで用を足せたら、大地との有機的なつながりを感じずにはいられない。
 そこから扉なしで、もうひとつ下のバスルームへと階段が続く。6畳ほどの広々としたスペースで、窓際に『ホールアースカタログ』で紹介された木製の細長いバスタブが設置されている。(写真23)部屋のコーナーにシャワーがあり、排水はそのまま床と壁の隙間から戸外の植物に散水される。(写真24)バリーは、化学的な洗剤やシャンプーなどはいっさい使わないため、土壌を汚染する心配はまったくない。
 昔の日本家屋には土間や縁側があり、外と内の中間地帯として機能していたが、バリーはいきなり内を解放してしまった。この家には野外キャンプのテントさながらの開放感があり、周囲の自然とつながる感覚は得もいわれぬほど快い。自然に対するバリーの姿勢が形となってみごとに表れている。


(23)オープン感覚が気持ちいい木製のバスタブ

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写真23 オープン感覚が気持ちいい木製のバスタブ

 CWは、パーマカルチャーで世界的に知られたエコ・ビレッジだ。パーマカルチャーとは、パーマネントと(アグリ)カルチャーをあわせた造語である。「永続可能な環境をつくるデザイン体系」という意味だが、いざ実践となるとその範囲は広い。
 バリーは、パーマカルチャーの本質を仏教哲学に見出した。彼の内なる大変革は、以後の人生を哲人の道へと誘った。また、道教にも傾倒し、タオイストを自認する。

 一番大切なことは何かと聞いてみた。バリーは迷わず即答した。
 「自分で決め、自分で歩むこと」
 自分に責任を持ち、地域や社会に責任を果たして生きることが重要なのだという。
 バリーのそうした思いは、CWのデザインにも反映している。かといって、住人すべてが徹底したパーマカルチャリストというわけではない。80%を占める共同の土地を酪農や畑作に借りる人もいれば、教師・医師・芸術家や起業家もいる。ライフ・スタイルの多様性もCWの特徴で、各人それぞれのやり方で地域につながり、責任を果たしている。そこに、気負いや力みは少しもみられない。ゆったりと構え、できる範囲で気軽に楽しむことが、暮らしにエコロジーを根づかせるということを、みんなが心得ている。
 エコ・ライフの基準は、一人ひとりが自分で決めるものだ。「こうでなくてはならない」という絶対的な物差しを、他人に押しつけない。ほかの人のやり方を認め、信頼し、緩くつながりあう。こうした関係から、助け合いや思いやりの心が育っていく。

(24)排水のための隙間

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写真24 排水のための隙間


(25)旅人を乗せるのは当然と止まってくれたCWの住人

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写真25 旅人を乗せるのは当然と止まってくれたCWの住人

 移動方法は自家用車しかないと書いたが、例外としてCW―マレニー間を朝夕1往復づつ、スクールバスが運行している。外国人旅行者も便乗できると聞き、CWを発つ日の朝、私はビレッジの入り口でバスがくるのを待っていた。すると、旧式のおんぼろ車が近づいてきて止まり、ヒッピー風の男が降りてきた。
 「マレニーまでいくんだろ?乗っていけよ」
 みかけない東洋人がバス停にいれば、乗せるのが当たり前。ここで待つ旅行者は、どこにいくにもいったんマレニーの街にでるのは間違いないことなのだ。
 彼は錆だらけのリアハッチを開け、私の荷物を入れてくれた。(写真25)ハッチを閉めるとTOYOTAのエンブレム。その車はカローラで、ぼろぼろだがまだまだ走る。ワインディング・ロードを軽快に攻めていると、突然速度が落ちた。緑以外は何もない田舎道の脇に車を止めボンネットを開けると、白煙がすうっと立ちのぼる。どうなることかと心配になり、私も車から降り、ボンネットのなかを覗き込んだ。バッテリーを固定する金具が金属疲労を起こし、漏電していたようだ。バッテリーのプラスチックのキャップがふたつほど、ぐにゃりと溶けている。彼はショートを防ぐだけの応急処置をし、平然と走りだした。こんなところで止まったままなら、いつほかの車がくるか知れない。通りかかれば必ず助けてくれるのだろうが、それが30分後か、1時間後か……。
 車の修理から家づくりまで、自分のことは自分で面倒みる。それが基本だ。壊れて直せないような手に負えないものは極力持たない、ということなのだ。




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