3|バンブーボールプロジェクト

3-1 バンブーボールプロジェクトとは

バンブーボールプロジェクトは、三宮中央通り西端にあるモニュメント「出会いの門」が建てられた広場で、竹でできた直径約5mの球体「バンブー・バッキー・ボール」を、様々な国の子供たちとその親、三宮中央通りの人々、そして神戸芸術工科大学の学生たちと制作し、その球体を一定期間「出会いの門」の上に載せる、というワークショップ形式のプロジェクトである。このプロジェクトには「出会いの門」に命を吹き込むということ、球体を地球に見立て、それを子供たちや商店街の人々、学生たちとつくることによって世界の平和を願うこと、三宮中央通りから国際交流の仕掛けをもったデザイン実験を世界に発信すること、を目的としている。(図26)


図26(左).「バンブープロジェクト」ポスター(制作:齊木研究室)

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図26(左).「バンブープロジェクト」ポスター(制作:齊木研究室)

図27.(右).「バンブー・バッキー・ボール」の手引き(制作:シュワーベ)

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図27.(右).「バンブー・バッキー・ボール」の手引き(制作:シュワーベ)



3-2 「バンブー・バッキー・ボール」とは(組み立ての手引きより)

「バンブー・バッキー・ボール(通称:BBB)」はシュワーベの発明による、竹でできた球体である。(図27)
「この球体は、張力と圧力を利用した竹でできています。バックミンスター・フラーの設計した多面体の形をしているのにちなんで「バンブー・バッキー・ボール」と呼びます。この球体は、長さ200cmの360本の竹竿でできています。それらを1320本のゴムバンド(張力)で結びつける。完成した球体は直径5mで、重量は70kgあります。組み立てに要する時間は、20人でおよそ4時間です。」(組み立ての手引きより)
この球体の基本構造は、五角形と六角形の多面体で構成されたサッカーボールと同じものである。つまり、2種類の多角形のユニットを竹竿でつくり、それらの接点をゴムバンドで結びつけることによって球体をつくり出す、という仕組みになっている。


3-3 バンブーボールと櫨谷小学校の児童との出会い

図28.櫨谷小学校における教員を対象としたバンブーボールのレクチャー (写真:齊木、2003年9月)

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図28.櫨谷小学校における教員を対象としたバンブーボールのレクチャー
(写真:齊木、2003年9月)

3-3-1 バンブーボールと櫨谷小学校の児童との出会い

三宮中央通りでのワークショップに先立ち、本来、大人たちによって制作されていたバンブーボールを、小学生たちの手によってつくる、という試みが、神戸芸術工科大学の教員と学生の協力によって実践された。神戸市西区の田園地域にある神戸市立櫨谷(はぜたに)小学校における「ものづくり体験活動」と称されたこのプロジェクトは、櫨谷小学校の西絢子校長を始めとした教員らに対する、ボールづくりのプロセスの説明から準備が開始された。藪元晶教諭はプロセスを把握した上で、それを小学生の児童の手によっても制作が可能になるように、グループ分け、材料の配置、製作場所、段取り等を考慮し、独自のプログラムづくりを行った。プログラムに基づき、制作は2日に分けて行い、1日目はユニットの制作、2日目は組み立てを行うことが決定された。(図28)




図29〜33、バンブープロジェクト当日の櫨谷小学校の児童の様子 (写真:齊木、2003年11月)

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図29〜33、バンブープロジェクト当日の櫨谷小学校の児童の様子
(写真:齊木、2003年11月)

3-3-2 ユニットづくり
2003年11月20日、櫨谷小学校の体育館における、児童に対するシュワーベと齊木のレクチャーの後、五角形と六角形の竹製のユニットづくりが行われた。このプロジェクトには櫨谷小学校の全学年の児童と教員、一部父兄が参加して行われた。グループは8班に分かれ、それぞれに教員、父兄、神戸芸術工科大学の学生がサポートをするかたちで行われた。竹竿をゴムバンドでジョイントする作業は主に高学年の児童が行い、低学年の児童は材料の運搬をサポートした。初めは疑心暗鬼だった児童たちも、次第に組み上がっていく身の丈以上の竹製の多角形に興味を示し始めた。後半になると竹竿の組み合わせやゴムバンドの結束方法の要領も得て、サポートの教員に先立って作業を進める児童も見られた。また、低学年の児童も高学年の児童の手を借りて結束の作業を行っていた。午前中を使って行われた、五角形12個、六角形20個のユニットづくりの作業は、児童たちの「何ができるのだろう?」という期待感に包まれて終了した。(図29〜33)




図34〜38、バンブープロジェクト当日の櫨谷小学校の児童の様子
(写真:櫨谷小学校、2003年11月)

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図34〜38、バンブープロジェクト当日の櫨谷小学校の児童の様子
(写真:櫨谷小学校、2003年11月)

3-3-3 ボールを組み立てる
2003年11月28日、前週につくられたユニットを使って、ボールの組み立て作業が行われた。まず、高学年の児童たちの手により、体育館に保管されていたユニットが校庭に移された。校庭に円陣が組まれ、中央にはユニットの結束を行う6年生、それを囲むようにユニットの運搬を行う5年生、そしてさらにそれを囲むように点検・補修がされたユニットを所定の位置から5年生の元に運ぶ1〜4年生が配置された。1〜4年生はユニットづくりの時と同様、8つのグループに分かれ、それぞれに担当の教員が指導にあたった。6年生が行うユニットの接合には、シュワーベと齊木の指示のもと、神戸芸術工科大学の学生と、櫨谷小学校の教員と父兄がサポートを行った。
ユニット同士が結束されていくに従って球体を帯びていく姿を目の当たりして、児童たちは勿論、教員や父兄も熱気に包まれ始めた。やがて、半球の形になった。一旦作業を中断し、児童たちは学年ごとに半球の内側に入り、高さ約2m強の竹の「ドーム」の空間を体験した。途中、予定には無かったが、櫨谷小学校と同敷地内にある櫨谷幼稚園の園児も「ドーム」の体験をすることができた。また、重さ30kg余りの竹製の半球を児童たちの手で持ち上げるという体験もした。
再び作業を開始すると、半球が少しずつ球体へと近づいていく。8割方完成した段階で、今度はさらに大きな「ドーム」の体験が行われた。そして最後のユニットがシュワーベの手によって結束され、球体が完成すると、参加者全員から歓声と拍手が沸き起こった。作業開始から約2時間、直径5mのバンブーボールは児童たちの手によって無事に完成した。
一連の作業を終えた児童たちの表情は、自分たちの手で身の丈の倍以上もある、直径5mのボールをつくり上げた達成感に満ち溢れていた。また、このプロジェクトの成功により、プログラムの組み方と大人たちの適切なサポートによって、子供たちの手でバンブーボールをつくることも可能であることを証明した。
完成後、児童と教員たちの手によって、体育館に隣接した平屋建ての更衣室の屋上に乗せられたバンブーボールは、今も櫨谷小学校のシンボルとして存在している。(図34〜38)



図39〜46、バンブープロジェクト当日の参加者の様子 (写真:齊木研究室、2005年4月)

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図39〜46、バンブープロジェクト当日の参加者の様子
(写真:齊木研究室、2005年4月)

3-4 「出会いの門」の完成

3-4-1 三宮中央通りにおけるバンブーボールプロジェクト
2005年4月17日、三宮中央通りにおけるバンブーボールプロジェクトが、モニュメント「出会いの門」のある鯉川筋交差点の舗道で開催された。このプロジェクトはバンブーボールを制作し、クレーンを使ってボールを高さ約7mのモニュメントの上に載せるプログラムである。ボールは耐久性の問題から恒久的にモニュメントに載せることはできず、三宮中央通りまちづくり協議会と地元警察との話し合いの結果、一週間だけ載せることが許可された。
プロジェクトは三宮中央通りまちづくり協議会が主体となり、神戸芸術工科大学がサポートをするかたちで行われた。バンブーボールづくりには、神戸周辺に居住する外国の子供たちとその父兄、櫨谷小学校の児童とその父兄が参加し、三宮中央通りまちづくり協議会と神戸芸術工科大学のスタッフ、そして櫨谷小学校の教員がサポートを行った。


3-4-2 バンブーボールの制作
モニュメントのある広場から通りを挟んだ対岸にある舗道において、バンブーボールづくりが開始された。シュワーベの、バンブーボールと同じ基本構造を持つサッカーボールを使ったレクチャーの後、まずはユニットづくりから始められた。今回は時間の都合から、全32個のユニットのうち、23個はあらかじめ神戸芸術工科大学のスタッフが大学内で制作し、残りの9個を9つのグループに分かれた参加者たちの手でつくることになった。2003年11月に行われた櫨谷小学校におけるバンブープロジェクトの時とは違い、詳細なプログラムづくりがなされていた訳ではなかったので、シュワーベを始めとしたスタッフは各グループへの説明に多くの時間を割かなくてはならなかったが、約30分ほどで9個のユニットは完成した。
引続き、球体の制作が開始された。このプロジェクトには子供から大人まで様々な世代が参加し、それぞれがシュワーベの指示の下、ゴムバンドをつかってユニットの結合を行っていった。大人の手を借りながら、ユニットの移動を手伝う小さな子供も見られた。制作開始から約1時間半後、バンブーボールが完成すると、参加者から大きな歓声と拍手が沸いた。(図39〜46、動画1〜6)



動画1、2 バンブーボールのユニットづくり (撮影:齊木研究室、2005年4月)

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動画3、4 バンブーボール組立ての説明とその開始 (撮影:齊木研究室、2005年4月)

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動画5、6 バンブーボールの組立て (撮影:齊木研究室、2005年4月)

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図47、48. クレーンによりモニュメントの上に載せられるバンブーボール (写真:齊木研究室、2005年4月)

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図47、48. クレーンによりモニュメントの上に載せられるバンブーボール
(写真:齊木研究室、2005年4月)

3-4-3 バンブーボールをモニュメントに載せる
完成したバンブーボールは、モニュメントの上に載せるために、参加者たちの手によって、モニュメントの足元まで運ばれた。まず、バンブーボールにワイヤーが4点支持によって括りつけられ、その後、ワイヤーの中心にあるフックにロープが装着された。そのロープを、事前に待機していたクレーンの先端のフックに装着し、バンブーボールが引き上げられた。途中、高さや位置、ロープの脱着に手間取ったが、数回の試行錯誤の後、バンブーボールは無事にモニュメントの上に載せられた。その後、シュワーベ自ら脚立に登り、ロープを使って、バンブーボールとモニュメントのフックを固定させた。 バンブーボールをモニュメントに載せる一連の作業は、予行演習などは一切無く行われたため、この作業の成功を見て、スタッフたちは胸を撫で下ろした。 樹木でつくられたモニュメント、竹でつくられた球体、共に自然素材でつくられた2つの物体は見事に調和し、初めからそこにあるかの如く、三宮中央通りのまちなみに馴染んでいた。(図47〜50、動画7、8)



動画7、8 バンブーボールを移動しモニュメントの上に載せる (撮影:齊木研究室、2005年4月)

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図49 モニュメントの上に載せられたバンブーボール  (写真:齊木研究室、2005年4月)

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図49 モニュメントの上に載せられたバンブーボール
(写真:齊木研究室、2005年4月)


図50 モニュメントの上に載せられたバンブーボール  (写真:齊木研究室、2005年4月)

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図50 モニュメントの上に載せられたバンブーボール
(写真:齊木研究室、2005年4月)

3-4-4 ライトアップセレモニー
当日の夜、「出会いの門」に新たな命が吹き込まれたことを記念して、ライトアップのセレモニーが、三宮中央通りまちづくり協議会の主催によって開催された。オープニングでは、震災から三宮中央通りのまちづくり、「出会いの門」に込められた意味、そして当日のバンブーボールプロジェクトの様子などが、参加した子供たちのコメントと共に紹介された。齊木とシュワーベは「出会いの門」そして「バンブープロジェクト」の企画制作者及び設計者としてメッセージを述べた。引続き、三宮中央通りまちづくり協議会会長の永田耕一氏によるコメントの後、セレモニーのために準備された照明が、永田氏の合図により照射され、バンブーボールを夜空に映し出した。その後、地元神戸のジャズカルテットによる演奏が行われ、セレモニーの夜を華やかに彩った。
(図51〜53)

3-4-5 球体から再び32個のユニット
バンブーボールプロジェクトから1週間後の2005年4月25日朝、竹の球体は再びクレーンでモニュメントの足元に下ろされ、引続き、神戸芸術工科大学の大学院生と三宮中央通りのスタッフの手により32個のユニットに解体された。32個のユニットは再び球体に組み立てられる日を待ち望みながら、現在、神戸芸術工科大学の工房で眠っている。


図51〜53、バンブープロジェクト当日のライトアップの様子  (写真:齊木、2005年4月)

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図51〜53、バンブープロジェクト当日のライトアップの様子
(写真:齊木、2005年4月)

 




3-5 未来に続くプロジェクト

バンブーボールは人々に惜しまれつつモニュメントから撤去された。しかし、この竹の球体を用いた新たな内容が提案されている。いずれも持続可能性を持ったプログラムであり、実現への期待が高まっている。

3-5-1 光ファイバーを用いたアイデア
バンブーボールを構成している竹竿一本一本の切り口に光ファイバーを埋め込み、バンブーボール自身から光を発するアイデアが考案されている。神戸・旧居留地では、1995年暮れから毎年末、阪神・淡路大震災の犠牲者への鎮魂やまちの復興への願いを込めた、光の祭典「ルミナリエ」が行われているが、この光ファイバーを組み込んだバンブーボールを再び市民、三宮中央通りの住民、神戸芸術工科大学の教員や学生たちと制作し、「出会いの門」に乗せ、三宮中央通り独自の「光の祭典」を発信することを目的としている。

3-5-2 たくさんの小さなバンブーボールを通りに飾るアイデア
2005年4月につくられたバンブーボールは、長さ2mの竹竿を用いてつくられているが、短めの竹竿を用いることで、小さなものをつくることもできる。この小さなバンブーボールを、三宮中央通りの商店が市民と共同で制作し、通り一帯に飾り付けるアイデアも考案されている。これは、バンブーボールを三宮中央通りのイメージシンボルとして定着させることを目的としている。



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