表-2  村田建物用途・建築年代対照表

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表-2 村田建物用途・建築年代対照表


図-5  村田建築年代地図

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図-5 村田建築年代地図


図-6  村田 建物用途地図

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図-6 村田建物用途地図


資料-2 村田連続立面写真

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資料-2 村田連続立面写真


写真-7 村田独特の街並みを作り出す、重厚な店蔵と南側にある立派な表門

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写真-7 村田独特の街並みを作り出す、重厚な店蔵と南側にある立派な表門


写真-8 毎年秋に開催される「蔵の陶器市」の看板。各地から45人の陶芸家が集まり、「蔵の町並み」と「陶器」が調和し、互いの魅力を更に引き立てる

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写真-8 毎年秋に開催される「蔵の陶器市」の看板。各地から45人の陶芸家が集まり、「蔵の町並み」と「陶器」が調和し、互いの魅力を更に引き立てる


写真-9 11年の間に明治の建物が取り壊され、空地となった敷地(G)

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写真-9 11年の間に明治の建物が取り壊され、空地となった敷地(G)


写真-10 11年間で、住宅から空き家へと変化した店蔵。その後、観光客誘致のための施設「やましょう記念館」として整備された。(32)

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写真-10 11年間で、住宅から空き家へと変化した店蔵。その後、観光客誘致のための施設「やましょう記念館」として整備された。(32)

4.宮城県柴田郡村田町村田地区における変容

1)村田の概要
村田は山形・仙台・大河原に通じる街道の分岐点にあり、江戸時代から紅花等を扱う村田商人の活躍により繁栄した。旧街道沿いの村田地区は、今日でもその名残をとどめ、江戸時代末期から戦前までに建てられた多くの古い店蔵の街並みが残る。町割は一本の街道筋に沿って、間口が狭く奥行きの深い短冊形に仕切られ、重厚な店蔵と南側にある立派な表門が村田独特の町並みの表情を作り出している。(写真−7)
近年は目立った産業も存在せず、街並みは衰退しつつあるが、1993年に日本ナショナルトラストによって実施された町なみ調査以降、「蔵の街並み」の再評価がすすみ、「陶器市」などのイベントを通じて住民が主体となった街並みの整備・保存活動が行なわれつつある。(写真−8)


2)調査結果の分析
現地調査から判明した建物の用途と建築年代を表-2にまとめた。また、図-5は通りに面した建物の建築年代と構造種別を表したものであり、図-6は同様に現状の用途別に色分けしたものである。ただし、本調査はあくまでも通り沿いの街並みを評価することを意図したものであるため、図-5・図-6とも、通りに面した建物の建築年代・構造種別あるいは用途で全体を代表させている。したがって敷地の奥に連なる部分の建築年代や用途は必ずしもこの色分け通りではない。

(1)空き家・空地化の状況
空き家・空地化の現状を調べると、対象敷地において通りに面した全棟数は108棟、このうち空き家は7棟(調査番号1,26,31,33,41,62,65)で、全体に占める割合(空き家率)は6.5%であった。一方、通りに面した全敷地数129箇所に対し、空地は21箇所(4,9-2,A,12-2、B,C,39-2,40-2,D,51-1,53-2,54,59,61,E,F,79,G,H,102,111-2)で、全体に占める割合(空地率)は16.3%である。
1993年に行われた前回の調査と比較すると、この11年の間に空き家へと変化したことが確実な建物は2棟(33,62)で、全108棟の2%に満たない。またこの間に建物が取り壊されて空地となった敷地は8箇所(4,54,59,61,79,G,H,102)確認でき、うち5箇所(4,54,59,61,H)は戸建住宅の前庭的な駐車場、3箇所(79,G,102)は敷地の奥まで空地となっている。(写真−9)また、11年前から空地だった10箇所(9-2,A,12-2,C,39-2,40-2,D,51-1,53-2,111-2)は、すべて空地のままであり、変化に乏しい。

(2)建物の用途変化の状況
敷地の前の通りに面した建物の用途変化が判明した箇所は全108棟中の12棟(9-1,33,43,47,62,70,76,80,83,106、ただし空地への変化を含まず)であり、これは全体の11.1%にあたる。また空地へ変化した8箇所(4,54,59,61,79,G,H,102)を含めると、何らかの用途変化があった敷地は全129敷地のうち20箇所(15.5%)を占める。
用途ごとの数(ただし、1993年の用途が「不明」のものは除外)をみてみると、住居は41棟(95:アパートを含む)のまま変化せず、店舗は52棟から44棟へ減少、事務所は2棟から1棟へと減少した。一方、倉庫は2棟のまま変化せず、その他も3棟のまま変化がなかった。
住居について詳しく見ると、住居のまま用途変化しなかったものが32棟ある一方、8棟(9-1,47,70,80,83,106,111-1,112)は店舗や事務所が住居化した結果生まれたもので、消極的な変化と判断できる。さらに住居が用途を転じた8棟のうち7棟(33,54,59,61,79,G,102)が空き家や空地への消極的な変化であった。これに加え、店舗やその他が空き家や空地に転じたもの3棟(4,62,H)を加えれば、消極的な用途変化があったと考えられるものは全部で18棟存在し、これは全129敷地のうちの14.0%、用途変化が確認された建物全体20棟のうちの9割に相当する。
一方、積極的な変化と認められるものは2件(43,76)存在し、全129敷地の1.6%、何らかの用途変化が確認できた20敷地の1割にあたる。これらは、空き家となっていた蔵を観光客誘致のための施設(『やましょう記念館』写真−10)として整備されたものと、住居を事務所化したものである。

(3)建築年代についての考察
建築年代については、前回の調査により建築年代が判明している67棟のうち、今回の調査まで変化せずに維持されていたものが59棟(88.1%)と多くを占め、滅失5棟(54,61,79,G,102)、建替え3棟(12-1,40-1,45)となっている。しかし、これらの取り壊された8棟のうち6棟(12-1,40-1,61,79,G,102)は明治の木造建築、1棟(40-1)が明治の店蔵と、いずれも明治以前のものであるから、この11年間で前回調査時に残存していた23棟の明治以前の建築(4棟の江戸期の建築を含む)のうち、実に3割が失われたことが判明した。



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